もどかしくじれったい話プラス1

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金曜の晩、Kauさんと桑名の街で飲んだ帰り道。

「“もどかしい”と“じれったい”の違いって分る?」
んー、酔払ってるからすぐには考えられないけど、んー。
「古語の“こころもとなし(心許なし)”の意味を辞書で引くと
“じれったい”と出てきて、
国語辞書で“じれったい”を引くと“もどかしい”とある。
で、“もどかしい”を引くと“じれったい”とあるんだよ。
ほんと、じれったい話だよ」

んー、何となく分るようで喉元まで出掛かってて、でも
今ひとつすっきりと言葉にできないからもどかしいんだけど、
とりあえず云ってみると、
“もどかしい”のほうは自分が入ってる気がするね。
シチュエーションを考えてみると、
何か知ってる筈のことを思い出せそうで思い出せないときに
使うのが“もどかしい”。
付き合ってる男女がいて、プロポーズの言葉を相手が言いあぐねていると
分るけれど、こちらからはどうにも働きかけようがなく、そんなときは
“じれったい”。
「なるほど、“どちらも思うようにならず”っていうのが共通する
ポイントみたいだね。
“もどかしい”は自分に対して“もっとこうできる筈だ”と思うわけで、
“じれったい”はこうしたらいいと分っているのに、それが相手=他者だから
働きかけても仕様がない。自分で気づくことでしか意味がないってことか」

あー、でも、授業参観に行った親が、子どもの答え方に対して
もっとうまく答えなさいよと思う姿は“もどかしい”と感じているんだろうな。
「それは親が子どもを自分の一部だと感じているのだから
“もどかしい”で合ってるんじゃないかな。
うん、うまく整理できた気がする。」
明日になったら覚えてるかな?
「きっと忘れてるだろうね」

とまあ、覚えてる範囲で書きましたが、
もう一つ、類義語に「歯がゆい」ってのもありますな。

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映画の日に

6月1日-、映画の日なので『インタープリター』を見に行く。
☆はニコール・キッドマンのクール・ビューティぶりに目を奪われていたが
さぁらの見方はちがったようだ。

「あー、よかった。久しぶりにわくわくする映画を見たわ。
私、革命の映画って好きなのよね」
うん、モノ壊すのとか好きそうだもんね。
「失礼ね、ちがうわよ。主人公の姿勢に共感したの!
彼女は銃弾や爆薬でなく、どれだけ時間がかかっても話しあって
互いが理解しあう方法を選んだのよ。
革命を起こせるのか分らないけど、私だって、
自分の中ではのんびりエコの普及にペンを持つことが革命なんだよね」
(とおっしゃるさぁらさんの日記はこちら

「そういえば昔もらった本の中に『蜘蛛女のキス』があったわ。
あれも革命の話で、映画も本も面白かった。
こういうの読むくらいだから、
☆も私と同じで革命が好きなのかと思った」
んー、じつはあれ読んでないんだ。
ラテンアメリカ文学に関心があった時期があって
何冊か読もうとしたけどその都度挫折して、
結局こないだ読んだガルシア・マルケス『百年の孤独』が初めてだね。
今度貸してよ。
「うるさーい!」

『インタープリター』、オススメです。

◇  ◇  ◇  ◇
【本日のおまけ】
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↑映画の前にカレーとコーヒー、
ただしコカコーラの紙コップに入れられてしまうと
視覚上はコーラにしか見えず、
「世にも微妙なアイスコーヒー」の味がしまひた。

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2:8の法則

仕事の資料で目にしたのだけれど
パレートの法則(2:8の法則)というのがあるのだそうだ。

・全体の2割の高額所得者が、社会全体の8割の所得を占める。
・人気順位上位2割の商品が売上げの8割を占める。
・仕事の成果の8割は費やした時間の2割から生まれる。
・問題解決について、上位2割の原因をつぶせば問題の8割が
 解決する。

ふうん、なるほどと思うでしょう。
でもだからといって残りの8割が不必要だとか無意味だとか、
そういうことではないんだろうな。

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笑うことは歪むこと

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(↑本日はさいしょモクモクへ向うも、
園内の人・ひと・ヒトの列に酔ってしまって早々に退散。
近くの公園でまったりと過ごしてきました)

帰宅後ラジオを聴いていたら、韓国の特設スタジオからの生中継。
当地で日本人が開いている俳句講座に参加している
日本語学習中のペさんが登場。
アナウンサーのインタビューに
日本文化=俳句に感じる魅力を話してゆく。

いつしか話題はペさんの名字が
あのペ・ヨンジュンさんと同じだということに触れ、
「日本の方に自己紹介すると、女性の方は表情がゆがみます」と
言ったのでアレ???
すかさず聞き手のアナウンサーがフォロー、
「そういうときは表情がゆるみます、が正しいんですよ」。

笑うって行為がそもそも端正な表情を崩すことだから
“ゆがむ”も“ゆるむ”も大してちがわないですけどね。
ほら、破顔一笑って云うじゃないですか。

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つばめ

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昨年の今ごろ、近所の大衆食堂の軒先にツバメが巣をつくっているのを見つけた。
バリ旅行からもどった日の晩に店ののれんの上をひょいと見やると、
巣からちょこんと出した頭を並べて、ピイピイピイピイ鳴いている5,6羽のヒナが
とても可愛らしくて、1週間後にカメラを携えて再び訪れるともう巣立ったあとだった。

そのことを覚えていたものだからさぁらと二人歩いてゆき、
道路をわたる前にはすでに鞄からデジカメを取り出して準備していた。
ビールと冷や奴、親子丼と串カツ定食を頼んでから
撮影した画像を店のおばさんに見せると、
毎年写真を撮ろうと思ってるんだけどいつも忘れちゃうのよね、と笑った。

そのとき小学4年生ほどの男の子が
少年ジャンプの一冊を店内の本棚に返しに来て、
慌ただしい様子でそのまま外へ出て行った。
かと思うとすぐさまもどってきて、
あのね、あのね、今外に出たらヒナが巣からおしりを出して
もう少しでフンを引っ掛けられるところだったよ、と楽しげに話した。

おばさんは「食事どきに客の前でなんだい、この子は」と言う顔を孫に見せるが、
男の子にはまったく通じない。
昨年も見たけど可愛いヒナですね。
でもあと2週間もすればいなくなってたなあ、と話すと
毎年5羽のヒナが育ち巣立ってゆくこと、
それはこの一ヶ月ばかりのことであることをおばさんは話してくれた。

でもどうしてウチに来るんだろ?と不思議そうに言う男の子に
そりゃあたぶん居心地がいいからだろ、と答えようと思ったら
彼の姿はすでに見えなくなっていた。
今日のような被写体に出会うと高性能なズーム機能が欲しくなりますな。

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鍵2

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自転車をはじめから持っていたわけではなかった。
休日の仕事で思わぬお金が入って
有意義に使おうと思い、近くの自転車屋に行ったのだ。
しばらくは通勤に使ったり、
片道80kmの実家への帰省に使ったり(4時間半掛かった)
して楽しんでいたが、ある日、
駅に停めておいて出張からもどって来ると
忽然と消えていた。

3ヶ月ほどして警察から電話があった。
ボク何もしてないのに、と構えながら話を聞くと
盗まれた駅裏の商店近くで自転車が発見されたという。
警察に取りに行けばいいんですか、と訊くと
いや、その親切な商店主さんが保管してくれているという。
お礼のお菓子を持参して取りに行くと
鍵がこわされ、多少フレームも歪んだ自転車は
近くの田んぼの畔に乗り捨ててあったと話してくれた。

以後しっかりしたチェーンロックを購入し
乗り降りの際に取り外ししていたのだが
これがかなり面倒くさくて、
あと、明らかにわるくなった乗り心地も手伝って
以前より乗らなくなった。
そうして自転車置き場にチェーンで固定したまま
引越ししてしまったのであります。
わるいやつですねえ。

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危ない

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飲み会から帰宅してお茶を飲もうと湯を沸かす。
ケトルに水を入れ、電磁調理器の上に載せる。
スイッチをひねり、沸騰するまで少しのあいだソファで待とうと
横になったら、なんとそのまま寝てしまいました。

しばらくして起きたら
当然電磁調理器のヒーターはつきっぱなし、
ケトルはちんちんに熱くなり水はからっぽ、
いや危なかったです。
風呂の水を出しっぱなしで寝たことは2回ほどありますが
こんなのは初めて。

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図書館にて2

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図書館の貸し本屋的機能には疑問を感じるが
(僕の知らないだけでもっと有意義な機能がたくさんあるのかもしれないけど)、
利用率を上げることで発展してほしいことには賛成なので
前週につづいて行ってきた。

幸先よく前回はなかった瀬尾まい子著『卵の緒』が見つかり、
図書館ってわるくないじゃんと認識を改める。単純なのだ。
次に森博嗣氏の本を探すと『水柿助教授』シリーズの2が見当たらないので
『奥様はネットワーカ』にする。雑誌『ダ・ヴィンチ』に連載されていたもの。
3冊目として村上春樹全作品1990-2000の⑦(「約束された場所で」と
「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」所収)を選ぶ。
本編の「約束…」と「会いにいく」は読んだことがあるものの、
全集には巻末に著者による書下ろしの「解題」が入っていて
これを読みたかったのである。
全集本は造本がいいのでお値段も高く、さすがに解題のためだけには
手が出せない。

途中でさぁらに会うハプニングがあり、図書館てわるくないじゃんと再び思う。
帰宅してみると本のあいだに返却期日を知らせる栞が挟まれていて
プレッシャーを感じるが、自分の読書欲と相談しながらライトな本を
中心に借りてゆけば大丈夫だろう。
お風呂で読めないのが残念だけれど。
(もし湯の中に落としたらと想像しただけで手が滑りそう)。

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鍵1

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以前住んでいたアパートを5年ぶりに訪れた。

筒井康隆に「鍵」という短篇がある。
主人公がふと見つけた鍵は、昔住んでいたアパートの鍵だ。
訪ねてみるとアパートはまだ現存していて、鍵はカチャリと開く。
中に入ってみると自分が住んでいたときのままである。
彼はそこでまた別の鍵を見つける。今度は昔通っていた学校のロッカーの鍵である。
このように一つの鍵が別の鍵を呼び、鍵によって封印されていた記憶が
次々と呼び起こされてゆき、最後にはおどろくべき結末がというストーリー。

僕のキィホルダーには3つの鍵が付いている。
自宅の鍵とクルマの鍵と郵便受の鍵だ。
それ以外に鞄に常時入れてある一つの鍵があり、こいつの存在は
ずっと気にはなっていたのだけれど、使うには二の足を踏んでいた。
前のアパートに置き去りにしてきた自転車の鍵である。
引越しのときに見つからず、引越し後の片づけのなかで
ひょっこり見つかったあとも、
このままでは不法投棄だなと知りつつ取りに行かず、
かつ鍵を捨てる気にもなれず、うっちゃっておいたのだった。

あるときさぁらとの会話の中でうっかりとそのことを話してしまった。
酔いも手伝ってのことだったが、これまで抱え込んできた秘密の事柄を
話してしまうと少しだけ気が楽になった。
しかし気が楽になるのとは逆に、現実のモノを何とかしなくてはならないという
思いが強くなり、日曜の午後についにアパートを訪れたのである。

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泉の枕

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ある晩、夢で女神が僕に尋ねる。
「お前が落としたのは、この普通の枕かい?
それともこの竹を編んだ枕かい?」

こういう場合は正直に振舞えばいい結果が待っていると
誰もが知る通りに、僕は受け答えする。
「いいえ、僕が落としたのはそのどちらでもありません。
僕がさいきん使っているのは低反発枕なのです」

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「よしよし、正直者のお前に褒美をやろう」っていうんで、
もらったのは低反発枕の形をした純金製の枕でした。
純金だから少しは柔らかいものの、とても安眠できる代物じゃない。
けれど、女神が手にしていた普通の枕と竹枕はどちらも
泉の水で濡れていたから、それよりはこちらのほうがいい。
でもこの微妙な大小のカーブは、どちらに首を当てるべきなのか
夢の中の僕は少しだけ迷う。

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盗難届

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男は2軒の店をハシゴすると充足した気分で電車に乗り、
反対側のホームに手を振った。
電車の座席では中学生の男の子が舟を漕いでいて
眠りこけた顔を上に向けつつ、
隣のサラリーマンに一定の周期でハレー彗星のように
近づいては離れていたが、やがて周回をやめて凭れかかった。
サラリーマンは家に帰れば同じくらいの息子がいるのだろうか、
仕方ないなあと苦笑した顔で照れ笑いを浮かべている。

目的の駅で降りると公衆電話から迎えを頼む。
受話器の向うからは一つの選択が持ちかけられる。
「自転車が盗まれたから盗難届けを出しに行かなくちゃいけないのだけれど
そちらまで迎えに行ってから警察に寄るか、それとも、
迎えに行く前に警察に寄るののどちらがいいかしら」。
男は、近くの書店で待つから警察のあとで来てくれればいいよと答える。

書店までは歩いて5分ほどの距離を、ミネラルウォータ片手に
ゆっくりといつもの2倍くらい時間を掛けて歩く。
今日の飲み会は楽しかったなあ、そう反芻しながら歩みを進める男に
突然ひらめきが訪れて、急に歩くスピードが速くなる。

書店で待つことしばらく-。
ごめんね、待ったでしょ。
クルマに乗ってから男は云う。
自転車のこと、災難だったね。
「そうなのよ、馬蹄錠って知ってる?あれなら大丈夫だと思っていたら
意外とすぐ壊せるみたいなの」
ふうん、チェーンのほうがいいのかな。
「どうかしらね」
信号でクルマが停まったのを確認してから男は云う。
自転車の盗難届けは警察に出せばいいけど
ハートの盗難届けはどこに出せばいいんだろうね。
沈黙。
「酔ってるのね」
違うよ、さいきん落語ばかり聞いているだろ。その成果だよ。
「言ってる意味が通ってないわよ。とりあえず家までまだ距離はあるけど
ここで降ろしてあげようか」
こうして男は今日も何かを失ったのだった。
ユーモアって難しいですね。

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電器店にて

昨日の続き。
図書館をあとにした僕は電器店へ向った。
HDD&DVDレコーダが目的である。

今週金曜日は飲み会があり、終了予定は夜10時である。
金曜の夜10時といえばドラマ「タイガー&ドラゴン」がはじまる時間であり、
リアルタイムで見れないので録画しなくてはならない。
けれども僕のビデオデッキはタイマー録画できたためしがない。
原因がデッキの故障なのか、説明書の読み違えなのかは分らない。
さぁらに頼んでみると、できるかどうか自信がないという頼りないお答え。
それならば(短絡的に?)新しい録画デッキを買えばいいのじゃないかと
いう考えに至ったというわけ。

はじめに中規模の電器店へ行くと、品揃えの少なさが気になる。
ソニー製品が安売りされているが、ソニーは撤退を決めたのではなかったか、
それともあれは液晶テレビだったか。
液晶テレビも頃合いの大きさと価格のものが並んでいて、
買って買えないことはないが、そういう動機で何となく買ってしまうのは
恥ずべきことであると思うことにする。
買えるから買うのではなくて、それが欲しいなら買えなくても買うべきだという
理念のもとに、買い物とはなされるべきである。

次に大型店へ行く。
さすがに先の店よりは多く置いてあるが、一頃に比べると少ないし、
並んでいる商品のコンセプトに少々の変化が見られるようだ。
いちばん目立つところに置いてあるのは
HDD&DVD&ビデオレコーダという代物であり、
HDDは160GBもしくは250GBのどちらかである。
財布の中身と相談してみると160GBなら買えないこともない。
しかし品がない。

多機能を組み込んだフロントフェイスには、昔の電器製品が具えていた
節度が見られず、こんなのが自分の部屋の目立つところにあったら
厭だなという感想しか抱けない。
それにビデオデッキは現役で活躍中なのだから、
だぶっては要らないのである。
さて、どうする。

思案しながら歩いていたらソニーのPSXが目に入った。
これならサイズも小さいし、いいかもしれない。
そばに取扱説明書が置いてあるのを手に取ってみる。
すごく分厚いが、ぺらぺらめくってみるとおおよその概要は見当が付く。
製品が発表されてから少々時間が経っているが僕にはこれで十分そうだ。
しかし思い直した。
こうした買い物は、あーでもないこーでもないとさんざ逡巡しながら
価格コムなどで情報収集をしつつ、2ヶ月くらい熟慮を重ねたすえに
ボーナス時期に合わせて「自分へのご褒美(はーと)」などと
云いつつ、購入するべきものなのではなかろうか、世間通念的には。

で結局、週末のドラマのためだけに急いで手に入れる必要もないやと
思い直して帰宅。その夜、ビデオデッキをいじっていると、なんと憧れだった
タイマー録画ができるじゃありませんか。
これまでできなかった理由は不明でありますが、
夜中にセットしておいたプロジェクトXの再放送も録画できていたので
無駄な買い物はしなくて済んだのであります。

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図書館にて

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地元の図書館が平日は夜7時まで開いていることになったので、
この地で過ごして12年目、初めて貸出カードを作ってみようと思い立つ。

どきどき。
「か、貸出カードを作りたいのですが」と申し出ると
カウンタのおねえさんは優しく指導してくれる。
この申請書を向こうの記載台で書いてくださいね、記入見本がありますから♪
おお、そうか。あちらで書けばいいのか。
何だか気分はルンルンである。

考えてみれば学校の図書室はともかく
市町村の図書館で貸出カードを作ってもらうのは初めてである。
生まれ育った町には図書館がなかったし、
学生のころは学校併設の図書館を頼れば事足りたから、
角筆文献の調査のために市立図書館を訪れた以外には
用事がなかったものなあ。

はい、書けました!と再びおねえさんに申請書を渡すと、
インターネットから貸出しが予約できるのですが
登録しますか?と難しいことを訊かれる。
一度にいくつものことを決められないので「とりあえず保留」としておく。
ネット上から登録できるんですよね、と確認すると
パスワードの発行がありますので…という返事がかえってきて、
何だか難しそうだという気になる。

めでたくラミネートされた貸出カードをGETし、
開架書架をぐるりと回る。
そうだそうだ、瀬尾まい子さんの本があったら借りたいな♪と
今日来たいちばんの目的を思い出し、
50音順に並べられたサ行の近辺を探してみるが見当たらない。
検索の端末で探してみようとするがタッチパネル式のそれは
調子がわるいのか、うんともすんともいわない。

なにか僕は図書館に嫌われているような気がする、
そう思いはじめるともうダメである。
書店のより背が高い本棚と幅が狭い通路が
閉塞感を醸し出し、無言の圧力を感じてしまう。
私たちは借りたらさいご、2週間以内に返却しなきゃいけないのよ~
(ヒュー、ドロドロ♪)という効果音まで聞こえる気がする。
まるで書架(初夏)の怪談である。
↑しまった、ギャグがハイブロウすぎたか?
ということで貸出カードは作ったものの一冊も借りなかった本日でありましたとさ。

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まくら前置き

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先日の日曜は東京で雹が降ったとかで
マフラーをまいて街を歩く人も見られたそうです。
よっぽど寒かったんでしょうね。
このマフラーというもの、森博嗣先生ふうに云えば「マフラ」。
いや、ほんとにそうなのか知りませんが
コンピューターはコンピュータ、メモリーはメモリというぐあいに
「ー」は要らないんだというのが先生のポリシィみたいですね。
でマフラと書くと首に巻くものというよりは、
私だけかもしれませんが車に付いているやつを思い出します。
首に巻くマフラーと車のマフラー、
両者は語源的に関連あるのでしょうかね。

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ここまでが話の枕でありまして、
この場合の枕とは「前置き」といったていどの意味でありますが
落語では本題の前に語るって客を「掴み」にいく部分ですね。
今日のお客は乗りがいいなあ、よく笑ってくれるなあ、
その反対に、今日はどうもよくねえなあというぐあいに
達人になるとお客さんの反応を探りながら、
その日の噺は枕を語りながら何にしようかなと決めるそうです。
で僕の場合は今日の話は「枕」についてでありまして、
その話の枕にまず「マフラー」を持ち出して、
次に「枕」を…、あー、いやいやお客さん帰っちゃいけねえ。
駄洒落はいつものことじゃねえか。おーい。

あ、帰っちゃった。
いえね、こないだ低反発枕ってのを買ったから「枕」について
書いてみようかと思ったんだけど、話の枕だけで長くなっちゃったから
続きはまた明日にしますね。

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八五郎みたいな話

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(↑散歩してたらテントウムシを見つけた)

三代目三遊亭金馬が演じる『道灌』の冒頭-、
ご隠居の熊さんのところへ職人の八五郎(=八っつぁん)が遊びに来る。
落語のよくあるパターンである。
ご隠居がお茶を淹れてもてなそうとすると
八五郎、「ご隠居のお茶は湯を沸かして、茶葉を入れていろいろと
手間が掛かるから、おいら、冷やのお酒でいいや」などと、
とんでもないことを言う。
それはともかく。

ご隠居、「まあまあおあがり、粗茶ですよ」と茶を出すと、
八五郎、「ご隠居のところの粗茶は美味しいからねえ」。
ご隠居、「???、粗茶とは卑下した言葉だよ。粗末なお茶=粗茶と
へりくだって言ってるんで、お前が粗茶って言うのはおかしいよ」
八五郎、「へえ、ちぢめて言ってるんですかい。
じゃあモダンガールがモガ、モダンボーイがモボ、もちろんがモチですねい。
粗末な布団は粗布団だ、・・・」
と分ってるんだか分っていないんだか、
まじめなのか人をおちょくっているのか。
八五郎、人はわるくないんだけど少々常識っぱずれのところがあって、
それゆえの二人のやり取りが何とも可笑しい。

昔これに似たことがありけり。
僕の先生が結婚したてのころ、
先生はご自身の奥さんのことを呼ぶのに「かみさん、かみさん」と仰る。
それを真に受けて僕も先生の奥さんのことを「先生のかみさん」と
(第三人称的に)何度も言っていたのですが、どうも違和感があるし、
口にするたびに先生の表情が微妙に翳るのが見て取れる。
これはおかしいってんで、
「先生の奥さん」と言い換えたら微妙な翳りはなくなった。
やっぱりそうであったかと気づいた瞬間でありました。

「かみさん」=「上さん」だから
夫である先生自身が(僕は彼女の下にいるんだよ、と)言うのには
差し支えないですが教え子である僕が、先生の奥さんのことを
「先生のかみさん」と言うのはやっぱりおかしいですね。
以上、現代の八五郎みたいな話でした。
このあと噺は、
ご隠居、「お茶菓子は何がいいかい?」と訊いて
八五郎、「じゃあ、天丼二つもらおうかな」とつづくんですよ♪

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モーニングスイカ。

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穂村弘著『現実入門~ほんとにみんなこんなことを?~』は
自称・現実を怖れ続けてきた42歳の著者が、
皆が当たり前に経験してきた筈のことを今さらだが味わってみよう、
ときにほろ苦いかもしれないけどと云いながら
献血や合コンや競馬や大相撲観戦や、
一日お父さんやアカスリや、はとバスにチャレンジする内容であった。

まあしかし誰しもエッセイに書こうとする内容は
自分の感性が新鮮に受け止めた事柄を記すわけだから、
「初めて」という条件はことさらに目立つものではない。
そのような意味において本書は奇を衒わない、
割と普通の(面白い)エッセイ集であった。
そして張り合うわけではないが、
僕も金曜日の朝に「生まれて初めて」と思われることをした。
朝からスイカを食べて出勤したのである。

ごめんなさい、と先ず謝っておかねばならない。
5月4日、我が家に7人が集ったときに
じつはデザートとして冷蔵庫の野菜室にスイカ(半分)があったのである。
さぁらさんがご用意くださっていたのでございますよ。
しかし話がはずみ、ビールは進み、美味しい食事で満腹になり、
一人また一人とテーブルから離脱してゆくにつれ、
スイカの存在はきれいさっぱり忘れられてしまっていた。
そんなわけで一夜が明けるとたくさん用意してあったビール類が
すべてなくなっていたのと対照的に、
野菜室のスイカは存在感をありありと放射していたのである。

で朝からスイカを食べて仕事に出かけたわけだけど、
たぶんこれはこれまでの人生でしたことがないことの一つですね。

追記:初夏を思わせる暑さのためか、例年だともう少し遅いと思われる
    スイカバーが近所のスーパーに入荷してました。
    早く来ないとなくなっちゃうぞー。
    (↑誰に言っているのでしょう?)

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デジタルカメラ入門

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NHK教育で『中高年のための とってもやさしい! デジタルカメラ入門』を見た。
4~5月の毎週火曜夜10時~25分の放映。

初めて見た第6回は「カメラを持って街に出よう」がテーマで、
先生と生徒2名~北野大さんと香坂みゆきさん~がこれまでの学習をもとに
デジカメを携えて街の風景を撮る内容だった。

さすがに先生が撮った写真は構図がぴしっと決っていて
生徒2名のものとはちがった雰囲気であり、
デジカメでも撮り方しだいでまったくちがって映るんだなと思った次第。

で今日はさっそく番組に影響された写真をご紹介。
こういうのって、いかにも写真が趣味ですって人が撮りそうだよね。

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クレーンの謎

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ビルの建築が進んでいる。
にょきにょきと空に向って伸びてゆくクレーンは当初謎だったが、
内部で尺取虫のようにせり上がってゆくのだろうと想像できた。

のこされた謎は、
これらの巨大なクレーンをどうやって地上におろすのだろう?
という点だが、これについては知っている。
前に読んだ森博嗣著『臨機応答・変問自在』に載っていたからである。

①今まで使っていたクレーンのそばに2台目の小さなクレーンを組立て、
②1台目のクレーンを分解しておろしてゆく。
③2台目のクレーンはそれより小さい3台目のクレーンでおろす。
④このくりかえしで、だんだん小さくしてゆき、
⑤最後はエレベータでおろす。
参考

今日見ると第3のクレーンの基部が組み立てられていて、
いよいよ「おろし」に取り掛かるのだろうか、楽しみである。

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失くしたものと同じもの

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皆さんはデジタルカメラのケースはどうしていますか。
僕のは純正のケースがありません、店頭で汎用のものを
物色したこともありますが、いいのが見つかりませんでした。
でもケースがないと持ち運びに困るので
以前に手に入れたMDのソフトケースを転用して使っていました。
これがなかなか具合がよく気に入っていたのですが
ある日仕事で使ったときに現場で失くしてしまいました。
去年の秋のことです。気づいてすぐその日の夕方に
探しにもどったのですが見つかりませんでした。

その後はさぁらにもらった、なぜか禁煙マークのついた袋を
愛用しています。ところが今日散歩していたら失くしたのと
まったく同じものを見つけました。

昼休みの散歩はいつものコースがガス工事中なので通れず、
仕方なく普段なら通らない道をここ2週間ばかりは日替わりで
選んでいます。
12時25分にスタートして45分くらいにもどるプチ散歩です。
今日もよく歩いたなと時計を見ようとして下を向いたそのときです。
あの失くした筈のケースと寸分違わぬものが落ちているのが
目に入り、ああ、以前もっていたのと同じやつだと思う間もなく
拾い上げてました。

その昔、あだち充の『タッチ』で達也君が監督に対して
「失くしたものは取り戻せないけど、忘れたものは思い出せますよね」
と言う名セリフがありましたが、
失くしたものがこうして戻ってくることもあるのですね。

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余野公園のツツジ

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余野公園(伊賀市)にツツジを見に行き、
連休最後の日にして初めて渋滞を経験する。

ちょうど年に一度のツツジ祭りの日なので
広場にはテントがたくさん出ていて、
プロの屋台だけでなく町内会がいくつも出店して
田楽や味ご飯も売っている。

同じ広場の中心にはステージが据えてあり
高校生のダンス部その他の出演が元気よく、
といっても僕らは満腹になるといつものように
ツツジを見上げて昼寝していた。

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私たちの知りたいこと

購読している新聞が全国紙でなく地方紙なので
先月から万博の記事が多くを占めるようになり、
辟易するとまでは云わないけれど読んでいると疲れる。

万博の準備段階では好意的に取り上げていた筈の紙面は、
いざスタートすると運営側の綻びに対して容赦ない批判を
執拗に行うことに余念がない。
批判はあってもよいがそこに愛は感じられず
不備を暴き立てる記者の筆は快感に酔っているようでもあり、
はっきり不快である。

そしてこれは特定の新聞にだけ当てはまるものではないが
尼崎脱線事故についての報道にも疑問がある。
事故の当初は、運転士の個人的資質を疑わせる情報が出た。
次に鉄道会社の利益優先の体質が問題となり、
救助作業が終わってこれから原因究明に入ってゆく現在においては
大事故と知りながら中止されなかった幾つかの行事が問題となっている。

毎日コンテンツが尽きないのは商売としては結構なのだろうし、
報道する側は、自分たちは視聴者の知りたいこと知るべきことを
伝える義務があるのだという完璧な理由を用意していると思う。
しかし私たちの好奇心は彼らに見積もられているほど下劣ではない。
次々に明らかにされるしょうもない事実に対して、
私たちが本当に知りたいのはそんなことではないのだと云うことを
伝えることはできないのだろうか。

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千字寄席ご紹介

senjiyose
(↑PHP文庫はただいま品切れ中のよう)

GWの合間の仕事は皆さんそうだと思いますが
ペースが掴めませんね。
仕事を終えると四日市へ飲みに行きました。

満州でビールと餃子を、次の店では日本酒をいただき、
おつまみは鯛の白子(天婦羅)が美味しかったです。
その他にはカツオとクジラの刺身。

店内のテレビは
いよいよはじまったプロ野球の交流戦を放映していて、
帰宅後に9時半からのラジオ「上方演芸会」を楽しみにしていたら
野球中継が延長になり、番組は取りやめ。来週に延期となりました。

よくできた落語のブログを見つけたのでご紹介。
落語のあらすじ 千字寄席』は
ひとつの落語を千字で要約したあらすじ事典で、
とてもためになります。
さぁらが前にコメントで書いていた落ちが分らないという噺が
ぞろぞろ」だと分ったのも、これのおかげです。

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春の宴

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春の宴が我が家で催されました。
これまで10年以上、もっぱら会場は津で、夏と冬の2回ずつ
行われてきた同窓会ですが、
昨年末は諸般の事情で開催できなかったため
GWに行われる特別日程が組まれたのであります。

我が家が会場になると決った先月中旬から
5/4当日に向けて如何に部屋を片づけるかが課題でしたが、
でもやればできるもんです。
あたかも新婚家庭の住居に姑さんが初めて訪れるが如くの
緊張感を抱きつつ懸命に掃除した結果、7人が食べて飲んで、
そのあと眠れるスペースを確保することに成功しました。
ウチって広かったんだ、そう実感した次第です。

今回の料理はKauシェフとさぁらによる
韓国風焼肉とお好み焼きの2本立てで、美味しゅうございました。
メンバーのお一人はご結婚直後ということで、
お祝いライブがYNGさんによってギターの弾き語りで行われ
夜はたのしく更けていったのでした。
ご結婚おめでとうございます、会場は今後ウチにおまかせください。

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カセットテープ再生工場

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さぁらの口癖というほどじゃありませんが
座右の銘と云っていいくらいの頻度で聞かれる口上に、
「私はウソと坊主の頭はゆったことがない」てのがあります。
へー、さすが女の人は生まれながらにして女優と云われるくらいで、
ウソをウソと思わず言うからこんな理屈を考え出したんだナと
ウソをつくときは酒を飲んだときと同じく顔が自然と赤くなっちまう
あっしなんぞは、羨ましく思うんでございます。

と思っていたところが今日、宮脇書店で購入した
古今亭志ん生著『なめくじ艦隊』ていう自伝のはじまりを見れば
「あたしは生れつき、ウソてえものが大きらいなんで……だから、
ウソと坊主のアタマだけはまだ結ったことがないんです」ときてる。
ははあん、さぁらの出典はこれであったかと自力で突き止めることが
できてほろ酔い気分のあっしであります。

その後、落語熱は収まったかと云えばまだ早すぎるんでありまして
タワレコにあった在庫を一揃い大人買いしたかと云えば、
そこまで子供じゃないってんで、
近ごろはNHKの「ラジオ深夜便」の演芸特選の時間がはじまるのを
眠い目をこすりながら待って、
ラジカセの録音ボタンを押してから安らかな眠りにつくって按配で、
毎日はやってませんが放送のたびにコレクションのカセットテープが
増えてゆくのは楽しみなことです。

カセットテープと云えば、昔まとめ買いしたものが本棚に置いてあって
もう使うこともねえだろうと思っていたところが、
予想外の出番をプレゼントされてモノはモノなりに喜んでいるような
ふうに見えないでもない。
HDDレコーダーで録ってしまえば自宅でしか聴けない、
MDに録ってしまえば携帯はできるけれどクルマでは聴けない、
そこでカセットテープが登場するわけでありまして、
じっくり聴けばテープノイズも懐かしく、
けっこう落語の世界に似合っているのでありまして
旧いものも馬鹿にしたもんじゃございません。

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江戸の町並みを走る

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朝、クルマに乗り込むといきなり告げられた。
「おはよう、☆くん。今日の君の任務はモデルの仕事だ」
「えーっ、おいらにモデルなんかできるッスかー」
「だいじょうぶだ、資質は問わない、むずかしいことは要らない。
元陸上部の足を生かして走ってくれればいいんだ」
「???」

そうしておいらは訳も分らないうちに
先ず準備運動だってんで芸濃町に連れてゆかれた。
知る人ぞしる、知らない人はてんで知らないってんで有名な、
芸濃町のバーミヤン遺跡(と勝手に呼んでいる山)である。
ここで準備運動をしろ、とそう云うことであろうか。

バーミヤン山は低山のそこかしこに巨石があり、
名前の由来のごとく(だから勝手にそう呼んでるだけなんだけど)
石仏が彫ってある。
期待せずに行くと感動し、期待して行っても天気さえよければ
頂上からの眺望には登りきった満足感も手伝って爽やかな感動を覚える。
とくに今日のように夏みたいな日にはなおさらのことである。
プチ運動をしたい方にはお勧めしたい。

道なき道を行き迷子になりかけて無事生還したグループと、
山頂で昼寝をして英気を養うグループに分れて準備運動を終えると、
いよいよ今日の本題である撮影場所の関宿に移動した。
旧街道の町並みが保存されているこの場所で
おいらが主役の映画でも撮るのだろうか、
でも走るだけなんて何だか変な話だな。

「はーい、そこからこちらに向って走ってきてー」
監督の声が現場にひびく。
おいらは日ごろ運動不足の体にムチ打って30メートルほどの距離を走る。
「うーん、ダメだな、いまひとつ上手くゆかない」
「え、おいらのどこがいけないッスか、
頑張りますからなんでも言ってください」
「とりあえずもう一度、元気よく走ってきてみて」

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「おりゃー」
バタバタバタバタ!!(足音)
いくら町並みに人出が少なかったから恥ずかしくなく走れたとはいえ、
(↑ちょっとは恥ずかしがれよ)
たまに通りかかる人たちは何ごとが起きたのかと
おいらの足音におどろいて振り向く。
そのときにはおいらはもう走りおえている。
ぜーぜー、はーはー。
そんなことが何度繰り返されただろうか。

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「うまくゆかないね」
「そうだね、背景が流れて、
走る人だけが止まって見えるふうには写ってないね」
「やっぱりデジカメじゃできないのかな?」
「でも一眼レフじゃフィルムが勿体ないじゃん」
「いや、☆の走るスピードが足らないんじゃないの」
「ぜーぜー、はーはー。
カ、カントク、いつになったらおいらはお伊勢さんに着けるッスか?
-じゃなかった、そろそろ何を写したいのか教えてくんなまし」
「んー、今度ね、陸上の競技大会が学校であるんだけど
そのときにね、被写体に合わせてカメラをこう横に動かして
シャッターを切るっていういわゆる“流し撮り”ってのをしたいわけよ。
そこでそのための練習を今日しているってわけなの」

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(↑東海道関宿みこしコンテスト第19回大賞作品の“かちかち山”くんに、
親近感を覚えました。だって走る腕の形が同じだったから)

その後、ボウリング場で卓球をした運動三昧の連休初日で
のこったのは筋肉痛ですが、たまに身体を動かすと気持ちいいっすね。

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主観だらけ

mizukaki

森博嗣著『工学部・水柿助教授の日常』を読んだ。
読み終えたさぁらに借してもらったのである。

予想していたよりライトな仕上がりで一気に読んだ。
実作者の森助教授の姿が小説上でどのような形をとって
水柿助教授として描かれているか、が注目のポイントだったが
奥さんとの関係も含めてとても素直に衒いなく書かれていて、
面白く読むことができた。

さぁら曰く、
「森先生のこの考え方が好きなのよねえ、
なんていうか余計な主観がなくて
竹を割ったような客観に喩えられる迷いのなさって言ったらいいのかしら」。
↑いつも指摘されるようにたぶん、
「なのよねえ」とか「かしら」とかは実際には言ってないと思うが
あたまの中で再生するとこうなるのだから仕方ない。

比べると余計な主観だらけで成り立っているこのログ。
ま、森先生の考え方は好きですけど、
自分にはぜったいできないなあという意味での憧れが入ってきますね。

【その他に】
①ショッピングセンタに夫婦で買い物に出かけると、奥さんが食料品売り場で
 格闘しているあいだ、夫=カジュアルな服装が似合わない中年男性が
 大量に目的なく歩いている。この様子を「中年男性のブラウン運動である」と
 表現する比喩がすばらしい。

②ウチのマンションはエアコンをかけるとポルターガイスト現象が起きる。
 ラップ音がするのである。
 おおよそ理由の見当は付いていたがあらためて調べはしなかったところ
 「温度変化による膨張と収縮で、プレキャストの接合部が音を立てる」と
 本書の中で説明されていて、
 このように実用的な知識も身について勉強になります。

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江戸っ子ボキャブラリ

edo
(↑僕秩で知ったウゴツールを使いました)

前日の深夜に眠気に耐えながら録音したカセットテープを
仕事帰りの車の中で聴く。中身は当然落語である。

途中、スーパーに寄る。
入ってすぐ右側にパン屋がある。この時間はパンのそれぞれに
値札が付いていて、集合レジにもってゆく仕組みになっている。

パンって云やあ、菓子パンってのは日本だけのものなんだってねえ。
先日のラジオで聞きやしたが、当初パン食の習慣がなかった日本に
アメリカは小麦粉を買ってほしかった、しかし、なかなか定着しねえ。
そこに登場した大ヒット商品がアンパンてやつで、これを境にだんだんと
パンが我が国に受け入れられてったみてえですなあ。

いかんいかん、パン屋の陳列棚の前を歩くだけで
江戸っ子口調でパンに関するうんちくが耳元で自動的に再生されてしまう。
朝食のセサミウインナーパンをカゴに入れて、そそと立ち去る。

その後、肉売り場では肉の口上が、野菜売り場では野菜の口上が
空耳で聴こえてきて、思わずぷぷっと笑ってしまいそうになった。
周りから見たらただの変な人である。
そういえば昼間に電話で話していて、
「先方が書類を先ず出してほしいというのなら
いつでも準備はできています」と言おうとして、
「てやんでえ、そいつが書類を持ってこいってんなら
おいらがすぐにでも持ってってやるよ」と言いそうになってる自分を発見した。
実に影響されやすいですなあ。

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ゴールドの感覚・下

kosen
(↑昔のコレクション「文久永寶」)

話がはずれてしまいました。
量が大したことないとはいえ、それまで飲む日のほうが少なかった
お酒でございますので、お恥ずかしい話ですが、
毎日飲んでるとそれなりに出費が気になったりいたします。
ビールは350ml缶が1本で200G(ゴールド)だから1日あたり200G、
ワインが1本1000Gだから二日で飲むとなると1日あたり500G。

少ないほうで一日あたり200Gの出費というのが、
ワタクシは小心者ですから気になるんでございますね。
焼酎をお湯割で飲むならどうなるだろう、とか考えちゃうんでございます。
720mlの焼酎が1本1000Gだとして、
コップに三分の一を注いであとは湯で割るとなれば、
くだくだしい計算は省いておおよそ一日あたりが150Gを上回らない。
そしてスーパーブルーとかいうビールみたいなお酒なら
ファンタなみの、清涼飲料水とほぼ同じ価格でイケてしまいます。

それでお前はほんとに酔えるのかい?ってお気遣いは無用です。
ワタクシ、ほんとに酔いが早い。燃費がいいことこの上ないのでございます。
しかしここまで考えてふと思った。
一日あたりが200Gとか500Gとか云ってるが
はたしてワタクシ、お酒に関しては今そう云うことを考えているが
その他に全然構わずに金子を使ってる何かがあるだろうってな天の声が
どっからか聞こえる。
だから目線を上にしてぐるぐると首を回して考えてみた。

食費? これは誰でも要るもんであります。
タバコ? これは5年ほど前にきれいさっぱり止めやした。
ん?ん? そういや書籍やレコードについては
こういう計算をしたことがねえ。ふしぎだなあ。
衣服に関しては高いとか安いとか云う感覚はまっさらなくて
あまりに買わないもんだから、
こないだ買ったのはいつだったかよく覚えちゃいねえ。
ほんにお金の使い方ってもんは様々でございます。(♪チャチャン)

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ゴールドの感覚・上

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お金の感覚なんて云うものは、人によって様々でございます。
奥さんが火曜特売だ何だと、今日はあそこの大根が10円安いからと
細やかな計算をしている家の夫が、毎日飲み歩いてる酒代を気にした
ことがねえってなことも、よくあることでございましょう。
同じ火曜特売に通う奥さんでも、化粧品やエステにかける費用に
ついては、勘定のタガが外れてしまうこともある。
要は人それぞれ何に重きを置いているか、価値観のちがいってのが
お金の使い方には正直に出てくるんでしょうなあ。

さいきん私はお酒を毎日飲んでおります。
てやんでえ、毎日飲むってなあ珍しいことじゃあねえやいと思われる方も
いらっしゃるかと存じますが、私にとってはそうではない、
それまで1週間に2日くらい飲むのがせいぜいでありました。
ところがこの一月くらいはずっと飲んでいる。
仕事から帰ってくると、簡単なつまみを作って飲みながら
煮込んだり、炒めたりしてメインディッシュを作るてな寸法です。

酒量は大したことがないんでございます。
たいていは350ml缶のビールを1本、
こいつを飲めば顔は紅に染まりウソはつけねえってんで、
いい気分になりそれ以上飲みたいって気にはなりません。
ときどきがんばった自分にご褒美ってんで、
贅沢をして白ワインなんかを買ってまいります。
そういうときはちょっと頑張って二日で1本を空けたりいたします。

このあいだ読みました吾妻ひでお著『失踪日記』ってマンガでは
失踪体験が二つとアル中病棟に入院した経験が描かれておりました。
それによりますと吾妻先生は当初お酒が全然飲めなかったそうで、
でも飲まずにはいられない、幻覚におそわれるほどにまでなってしまい
ご家族に強制入院させられちまった。
お酒に弱い人がアル中にならないとはかぎらない、そう吾妻先生に
教えていただきました。
(つづく)

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間の取り方

rakugo2

落語のCDをエンドレスで聴いている。
買ってきた古典落語入門ベストが2枚組なので
一枚を自宅で、もう一枚をクルマで聴いているってぇわけだ。

感心するのは、間(ま)の巧みさだ。
お前さんの周りにもいるだろう、あいつが口を開けば
ぜったい場が笑いに包まれるって云う才能の持ち主が。
注意ぶかく聞いてみると彼らの発言の一々がすべて面白いわけじゃあない、
でも聞く側の我々が、今度は何を言って笑わせてくれんだろうと
期待をもって臨んでるから、喉元まで出掛かってる笑いは
ちょいとのきっかけで外に飛び出すのを待ってる。
彼らが長けているのは、この笑いをぽんと押してやる間についての
感覚の鋭さなのである。

同じことを思いついてても間の悪いやつがいる。
メリハリがねえし、ここぞという間をきまって外しちまう、悲劇的なくらいに。
試合終了の笛が鳴ってから一人でゴールしてるようなもんで、
聞いてるほうも身体で受け止めるんじゃなく、頭で理解しようとしちまう。
頭で理解しようとする笑いがつまんねえのは道理であり、
笑いとはもっと身体にダイレクトにひびく感情の共鳴であろう。

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AMラジオ

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夢に出てきた女の子の名前が散里取(ちりとり)さんという
名字だった。
GWにそなえてそろそろ掃除をしろというメッセージだろうか?
(我が家は宴会場になるのである)。

落語を聞くためAM放送にチューニングを合わせている
ここ2,3日のあいだに、
それまで自宅においてはFM放送が占めていた座を
すっかりAMが奪いとってしまった。
何というか、聴きやすいのである。

NHKだからアナウンサーが不自然な自己主張をしないし、
ゲストが話す番組で披露される薀蓄には経験を基にした
深みが感じられて、多くは再放送もされないまま二度と
知られることがなく、電波に乗せられたあとは消え去るだけ
と考えると惜しい気さえする。

今どきラジオなんてと思われるかもしれないけれど、
自分の興味のなかった分野の思ってもみない話が聴けるのは
貴重で面白い。

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落語を聴きたい

rakugo

熱しやすい性格である。
先週からはじまった宮藤官九郎脚本の『タイガー&ドラゴン』を見て、
時代は落語であると思った。
落語の話術を導入すれば4年目の仕事が
よりワンダフルになるかもしれない。

そう考えて小噺のひとつでも覚えてみるかと
CDショップの棚を探してみたのだがまったくない。
大江戸なんとかという題名の一枚を抜き出してみると
時代劇主題歌のオムニバスであった。
世の中にはいろんな需要があるものである。

かくなるうえはAMラジオである。
NHKの第一放送の番組欄をチェックしてみると
ちょうど火曜日に「真打ち競演」という番組があり、
コント・漫談・落語が聞ける。

しかし問題がひとつあって、我が家ではAMラジオの電波が
うまく入らない。
ケンウッド製のFM/AMチューナーをもってしても
PEEE!とかGAーーー!という雑音が混じる。
AMラジオはクルマの中だと支障なく聞けるのに不思議である。
室内アンテナの向きを調節して何とかノイズを最小限に抑え、
あとは自分の耳で、必要でない音を意識的に消す努力をして補う。

コント山口君と竹田君はけっこう楽しめたけれど、次の漫談が
何だか間延びしていて、ソファで横になって聞いていたものだから
落語「浮世床」になるころにはすっかり寝てしまっていた。
落語の道は遠そうであるが、水曜は映画を見に行ったついでに
タワレコで探してみたい。

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成功のイメージ

zubora

日曜の仕事は久しぶりのこと。
世の中にはほんとに一握りだけど、仕事のデキル人がいる。

彼らは自らの中に成功のイメージを思い浮かべることができ、
どんなプロジェクトであっても、ゴールのあるべき姿が予め見えているから
目的達成のためには、何を、どのような順番で進めればよいのかが
まるで見取り図のように描けて、迷うことがない。

彼らは、自分に足りないものがあれば誰に頼めばよいかを知っている。
自身は万能ではないけれど、大きい絵を構想する能力があるために
絵の具をどこから調達して、どのように混ぜ、
どんなふうに塗り重ねればよいのかについて、総監督的な仕事ができる。

今の僕はそういう役回りを求められているようでもあり
過去に見た彼らのノウハウを真似て振舞ってもみるのだが、
なかなか上手くゆかない。
人の意見を整流してまとめることは得手でも、
それらを還流して人心を掌握する術に欠けているからだろう。

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桜の木の下で

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近所の公園へ、散りゆく桜を眺めに出かける。
頃合いの場所にレジャーシートを敷いて、弁当をひろげる。
おにぎりと、豚肉&ピーマン炒めと、たこウインナーと、玉子焼き。
ビールは350ml缶の3本を二人で分ける。
風が吹くと、はらはらと落ちてくる花びら。

人気のない丘陵公園の遊歩道の一角に、寝ころがる。
もってきた本も今は用はない、レジャーシートの上でただ横になる。
桜の枝をとおして見上げる空。
散りかけた梢を風が吹き抜けると、花びらが舞い上がり、
やがて地面に、僕らの上に落ちてくる。
花びらが、一度は枝よりも上に、梢の上の空に吹き上げられて
落ちてくるのは不思議な景色。

新空港ができて航路が変ったせいなのか
前よりもぶしつけにひびく飛行機の轟音、
電車がとおくで鉄橋を渡る音、
丘陵の山頂であそぶ子供と犬の鳴き声、
目をつぶればいろんな音が聴こえてくる。
目をあければ、
舞い落ちる花びらと梢にのこる花びらを
透かして見える空のひろがり。

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めがねっ子実習

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中国雑貨店で、眼鏡を買った。
プラスチックのフレームにプラスチックのレンズ、つまりおもちゃである。
アーケードの下ではなくて脇道にそれた路地には
見過ごされそうな雑貨店や古着屋がならぶ。
そうして軒を並べているうちのひとつが、店の前にテーブルを置き、
中国電力公社のかばんだとか、どこかの制服らしいマークのはいった
ツナギ服を置いている。ものめずらしくて、入ってみた。

TOMはさいしょ、腕時計をさがしている。
これまで必要なときはお姉ちゃんのを借りていたのだけれど
いよいよ4月からの高校生活にそなえて、
電車通学をしなくちゃいけないので、自分のが必要になってくる。
僕は天井からぶら下がる○○の作り物をよけながら店内を一回りすると
いったんは外に出た。しかしさぁらとTOMたちはなかなか出てこない。
そんなに見るもの、あったっけな?と思いながら店内に戻ると、
壁にラックが取り付けられて、おもちゃの眼鏡とサングラスが
いくつも掛かっている。その前に二人は居た。

TOMもめがねっ子には憧れているくちなので、
何種類かの眼鏡を掛け替えながら鏡を見る様子はとてもうれしそうだ。
その姿を見ているうちに、ひとつのおもちゃ眼鏡が僕の眼にとまり、
何となくこれなら僕にも似合いそうだと思った。
プラスチックのフレームにプラスチックのレンズ、もちろん度は入っていない。
どきどきしながら眼鏡のフレームをひらいて顔に掛けると、
鏡の中にはかつて見たことのないめがねっ子の自分がいる。
よく似合っている。レジにもってゆくのに躊躇はしなかった。

TOMは色ちがいのを選び、そのあと夕食はづぼらやに入ったが、
ふぐをつまみながらも二人は眼鏡を掛けていて、
度の入ってない眼鏡をとおして見える世界はいつもとちがった。
ドラクエでいうと、「かしこさ」が3ポイントアップしたような気分で
食後の道頓堀をあるいていると、太鼓をもったピエロみたいな人形に出合った。
人形は「くいだおれ太郎」という名前の、道頓堀の人気者らしい。
横に立って記念写真を撮っている人もいて、それをじっと見ているうちに
さぁらが太郎と僕を見比べながら、同じ雰囲気がすると云う。
自分では判断がつきかねたが、デジカメで撮ってもらって後日
パソコンのディスプレイで見た二人は、服装がかなりちがうにもかかわらず、
兄弟のように似て見えた。本人が言うのだからまちがいない。

そんなことがあったにもかかわらず、
「かしこさ」が3アップした幻想を抱いたまんまで旅行からもどってきて以降、
プライベートでは眼鏡をなるべく掛けるように努めている。
職場にしてゆくのはさすがに恥ずかしいけれど、宮脇書店や、スーパーや、
金曜のお花見や、日曜のフリーマーケットや、寝るときや、風呂に入りながらとか、
ほんとうに必要があって眼鏡を掛けている人からすれば、
冗談にしか思えないだろうが、うれしいのだからしかたない。

眼鏡を掛けたまま寝たことは一度しかないけれど、寝返りをうてば痛いし
壊れるかもしれないし、と危惧したせいか、ふだんより寝相がよかった気がする。
この話をさぁらにしたら、そんなことしていたら1週間以内にぜったい壊すわよと
云われたが、僕と眼鏡の結びつきはなまなかなことでは壊れないと思うな。
あともうひとつ、眼鏡を掛けたまんまで食事をしたときのこと。
フレームの下辺がじゃまになって視覚に死角ができるせいだと思うけれど、
ご飯粒をひとつと、サラダについていたコーンをひと粒の計ふたつを、
ぽろっと食べこぼしてしまった。
こうした苦労の一つ一つが、僕をめがねっ子に近づけてゆくにちがいない。

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仕事の方法論

timesell
(↑フリマの一場面・中学生はこんな字を書きます)

3月の終わりから感じはじめた漠然とした不安を拭い去ることができないまま
新しい年度を迎えて1週間を過ぎるころ、実に具体的な夢を見た。
1週間遅れで自分にだけ人事異動の知らせが来るという内容だ。
夢の中の僕はその事態を訝りながらどこか浮き立つ気分を抑えきれずに
何度か目を覚ましては頬をつねりつつ夢の続きに戻っていった。
新しい環境が旧い自分との訣別に誘ってくれるわけでもあるまいに。

今日のほぼ日“社長に学べ”では「一・三の法則」というのが披露されている。
企業の成長のプロセスは、
①ある時期にうまくゆくスタイルがまずは存在する。
②しかしそのスタイルをつづけると少し下降路線にはいる。
③ここでうまくマネジメントを変質できれば再び成長曲線に入れるが、
 それまで上手くやっていた方法論を踏襲し続けるばかりでは再上昇は望めない。
④そのタイミングは一人、三人、十人、三〇人、一〇〇人、三〇〇人、
 一〇〇〇人、三〇〇〇人、一〇〇〇〇人と社員が増えてゆくとき…と、
ここでは人数として語られているが
同じようなことは個人の経験年数についても云えるのではないかと感じる。

1年目は大目に見てもらえるが2年目は2年目なりの結果を求められる。
3年目はそれまでの2年間の蓄積をうまく使いつつも新しいインプットを
欠かさないこと、そして3年目がうまく行ったからといって
4年目が3年目と同じ方法論でこなせるとはかぎらないということ。
成長しつづけるのは勿論だが前年とちがう工夫をさらに加えないと
4年目だからという胡坐を掻くならば3年目の結果すらほど遠くなる。
そのように考えることにした。
人間に関するかぎり年輪は抛っておいて自然につくものではない。

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失踪したいわ

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(↑晴れた土曜の昼下がり、お弁当とビール持参で近所の公園へ。
 以下の様な会話が行われていたとはお天道様でも知るまいて)

私、失踪してみたいのよ。
今度のゴールデンウィークは前半と後半で3日ずつ休みがあるし
ちょうどいいと思わない?

  え?を読む前はあの尊敬申し上げていた吾妻ひでお先生が失踪して
  路上生活にまで身を落とす内容のマンガなんて正視できないわって
  云ってたじゃないか。

ちがうのよ、そこはやっぱり吾妻先生ならではの失踪が描いてあったじゃない。
公園で寝起きして自給自足生活、あれは現代社会でサバイバルをするための
バイブルだわ!あなたは啓示を読取らなかったの?青年よ、失踪を楽しめと
先生は説かれていたのよ。

  そんなに憧れているのならやれば止めはしないけど。

何云ってるのよ、あなたも来るのよ。

  失踪って一人でやるから失踪なんじゃないの、
  それに外で寝起きして食べ物も探してってほんとにできると思ってるの?

問題は食事だわ、さすがに拾い食いはイヤ。けれども所持金はゼロにして
拾ったお金しか使ってはいけないとかルールを作って、
「人生をポジティブに見つめる」契機としたいわけよ。

  僕はやるのなら拾い食いまで徹底しなきゃいけないと思うなあ。
  結局キャンプをしたいんじゃないの?

私は日がな一日文明社会の利器から離れて公園で他にすることなく
本を読んでいたいだけよ。

  ラジオとか持ち込んでいいかな?

拾ったものならいいけど、持ち込みはダメ!

さてどうなりますことやら。

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偕楽公園で花見

DSC02915

今晩がベストでしょう!というので津市偕楽公園へお花見に行く。
人出・人出・人出で酔っ払い多数。
さては南京玉スダレを披露するおっちゃんあり、
ケルト音楽をひとりバイオリンで演奏しつづける大学生あり、
少々寒かったけど楽しいお花見でした。

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エイプリルフール

Kさんから電話をもらって
○○さんが結婚したんだって、知ってる?と訊ねられる。
彼がその情報を得たのは4月1日にメールを受取ってのことだったから
てっきりエイプリルフールの冗談だとばかり思ったのだという。

だから“じつは僕も結婚したんですよ”と返事をしたところ
これが相手に本当と受取られてしまい他に転送されたりして
おめでとうとか何とかいうメールが届いたりしたという。
エイプリルフールってこわいですね。

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浮遊研究室ふう

hosi2わー、あれ!
面白そうだからぼくのカバンのデジカメで撮影しといてよ。

sara自分で撮ればいいじゃない。
ん?こんなとこに風邪グスリのビンが入ってる。

hosi2あ、それ?
いつもカバンに入れてるんだ。

sara重たくないの?
こんなの持ち歩いてて。

hosi2重くないけどビンの中で錠剤が擦れて
粉だらけになっちゃうね。

saraだめじゃん!
だったら持ち歩くのやめなよ。

hosi2でもべんりだよ。職場で昼食後ぶるっときて、風邪引いたかなと思ったら薬を飲むんだ。

saraだったら
職場に置いとけばいいじゃない。

hosi2職場に置いておくとだな、自宅でぶるっときたときに困るだろう?
だから持ち歩いてるのだよ、そんなにかさばるもんじゃないし。えっへん。

saraだったら
どっちにも置いておけばいいじゃない。

hosi2そうすると外食のときぶるっときたら困るだろう。
風邪は引きはじめが肝心だって言ってたじゃないか。

sara・・・(呆れている)

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夜の出来事

DSC02801

夜の街は昼とまるで違った相貌を見せる。
うっかりしていると引き込まれて戻って来れなくなるかもしれない、
そう思わせる何かが潜んでいる。

日付が変ろうかという時刻にクルマを走らせていた。
国道から一本脇に入った道は、昼間はそれなりの交通量を見せるが
夜間のこの時間帯には通るクルマもまばらなものだ。
ラジオを点けながら
高速道路でバスから転落した女の子のニュースを思い出して、
昼間の23号線で家具が落っこちたのとは訳がちがうから
後続車も避けようがなかっただろうなあと考えていると、
反対側の歩道からにょきっと手が生えているのが目に入った。

あれは、人なんだろうな多分。そう思ったがそのまま通り過ぎた。
この時間帯に歩道で倒れている人、
助けを求めるように手をあげている人。
厄介ごとはできるなら避けたい。
見間違いであってほしいと思いつつ、同じ道を5分後に
今度は逆方向に通ることになるので違う道に折れようかと考えつつ、
女の子のニュースが思い出されて
後日思わぬかたちで知るのも厭だと思い、通りかかると
やはり人が歩道と車道の境い目に横になって片手を上げ、
助けを求めているのが見えた。

逡巡したのち少し過ぎてから折り返して反対車線に車を停めた。
助手席に乗せた途端に豹変して厄介なことになることも警戒しつつ
彼に近寄ってゆくと、こめかみのあたりにガーゼを貼りつつ
上下ジャージ姿で喚いている声は何度か聞いているうちに
「おーい、救急車を呼んでくれ」と言いたいらしい。
体格のいい60歳くらいのおじさんである。
さらに近寄ると暗闇で見えなかった陰にもう一人がいて
もういいだろう、いいかげんにしなよと言い聞かせるように話している。
僕にはお構いなしである。

何が起こるのかどきどきしたが只の酔っ払いであった。
彼の夜と僕の夜は一瞬だけ交錯して、そして別れ、
たぶん同じ朝を迎えたことと思う。

なんて詩的にまとめようと思っていたら、
近ごろでは救急車をタクシー代わりに使おうとする人がいることを
さぁらに教えてもらった。
あの人もそうだったのかな。

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引越しの思い出

大門シネマに『父、帰る』を見に行く途中のお昼前、
江戸橋から津駅間の23号線にちょっとした異変が起きていた。
前を行くクルマの列が急に乱れ、何かを避けるように
速度を落として走り抜けてゆく。
事故にしてはおかしいなと思っていると、家具がひとつ
道路の真ん中に転がって通せんぼ状態になっていた。

背の高いタンスか食器棚か分らぬそれが
右前方に止まる軽トラックから転び出たのは明らかであり、
さらに前に目を転じれば、右折車線に停められた普通車から
慌てた様子で2,3名が、道路に混乱を生じさせた転落物を
回収すべく走り出てくるのが確認できた。
下宿の引越しを自分たちだけでやろうとした意気は買うけれど
荷の固定はしっかりと行わなくてはいけない、と
先輩から後輩へひとこと苦言を呈しておきたい(何ちゃって)。

僕がときわ荘を引き払って当地に越してくるときは
やはり友人たちを頼った。
でかいトラックを借りて運んだが、
家財道具が多いので3往復くらいしたと思う。
その昔にゴミ捨て場で拾ったギリシャ彫刻の石膏像は、
トラックの荷台では破損が心配だったためKauさんのクルマに
載せてもらうよう頼んだ。
茶目っ気をじゅうぶんに発揮した彼は、その石膏製の胸像を
助手席に乗せ、シートベルトまでかけたそうで
すれちがうクルマのドライバーがあれはいったい何だろうと
目をまるくさせるのがじつに面白かったそうだ。
その石膏像は今でも居間に置いてある。
(↓再現写真)
DSC02827

今日見た学生たちと比べると僕たちの引越しは完璧だったなあ。


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悪知恵について

050325

今日はめずらしくサイバーな?話題。

北大の合格発表が、発表前夜からインターネット上で
閲覧できる状態になっていたと云うニュースがあった。
今回は後期日程の発表だったが、発表済みの前期日程と
きわめて類似したアドレスを使ったために類推が可能だったという。
大学側は
「公正であるべき合格発表でこのような事態を起こしたのは
遺憾であり」云々と述べているが、
先に知ったところで誰かが得するわけでもあるまいし。

さてところで、このニュースは
きわめて類似したアドレスを使ったために類推が可能
という箇所がひじょうに大事である。
ウチの情報発表もLANで行われるため
ひょっとしてと思い、同じテを試してみたところ見事にうまくいった。
まあ他人より10分くらい早く知れた程度のことだったけれど、
悪知恵がツボにはまったときの爽快さをひさびさに味わった。
わるぢえって、独特の魅力があります。

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落ち着かぬ一日

4月まであと1週間だというのに
天気予報は午後から寒くなることを伝えた。
日本海側では雪が降るらしい。

予報どおり朝方晴れていた空は
午後には曇りはじめ、夕方には雨がぽつりぽつりと落ちてきた。
職場からの帰りがけには雨量も大したことなかったけれど、
その後ザーッと聞えてきた雨の音と
風呂場の換気扇をとおして聞えた風の音から
大荒れの空の様子がよく分った。

翌日の人事異動発表を控え、
自分は変らないだろうという見込みでいるものの
何となく落ち着かない一日。

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れんが違い

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3連休の最終日はTOMの合格をジンギスカン鍋で祝う。めでたい。
北海道からさるルートにより取り寄せられた肉は柔らかく美味しい。
スパークリングワインの酔いはいつもより早く回ったようで、
国語の入試問題の話をまるで勘違いしながら聞くことになった。

連歌と言葉のちがいについて。
連歌って云えば上の句と下の句を別々の人が詠んで
つなげてゆく楽しい試みだ。
それと言葉がどうちがうかって?
ウーン、難しい問題だ。

などと考えていたらさぁらが
「レンガは人を撲殺できるが、言葉では傷つけることしかできない」と云う。
僕はてっきりレンガちがいの冗談だと思っていたら
Kau先生は「言葉でも傷つける以上のことが生じるよね」などと答える。
みんな、連歌の話じゃなかったのかよーと
酔いの回る頭で付いてゆけなかった僕でした。
高校の入試問題も難しいもんですね。

さぁらのブログを合わせて読めば面白いですよ。

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友人の日記

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友人がヤフオクに出品して、本日引き取りに来てもらったという
web日記を読む。
今度のオーナーは小学1年生くらいの男の子で、
品は解体されクルマに積み込まれたのだそうだ。
しかしそれが何だったのかは明らかにされていない。

いろいろ想像していたら夢を見た。
じつは国家挙げてのプロジェクトで開発している
『ドラえもん』だったのではないか。
オーナー=のび太くん役のユーザーの性格によって
千差万別に成長を遂げるから秘密裡のうちに
日本の幾つかの家庭にモニターとして送られ、
現在データ収集中という段階。
おお、もう技術はそこまで来ていたのか。
でも、原則として譲渡禁止だからweb日記では明かせないと云うワケ。

【解説】
愛知万博の内覧会がはじまったのと
ドラえもんの声優が全員交代するニュースと、
昨日読んだマンガ『ケロロ軍曹』が入り混じって
こういう夢を見たものと思われる。
新しい声優さんはどんな感じかな?

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トークの達人TPO

avanti

土曜の夕方クルマに乗っていたなら、5時のFM三重に
チューナーを合わせていただきたい。
サントリーがスポンサードしている、とってもお洒落な
ウェイティング・バー『アバンティ』の虜にあなたもなってしまう筈だ。

話好きな客が集まるアバンティは聞き耳を立ててみれば
粋な情報が語られる最先端の社交場である。
先日は「目指せ!トークの達人」と題して、
①樋口裕一さん(『頭がいい人、悪い人の話し方』の著者)
②露木茂さん(フリーアナウンサー)
③福島直樹さん(就職コンサルタント)
④山本一太さん(参議院議員)
⑤岡康道さん(広告会社勤務)
の5人がそれぞれ薀蓄話を披露してくれていた。

話し方がかくも注目されるのは多くの人々が自らを話ベタだと
感じているからなのだろう。
5人の中では⑤岡康道さんの話す『プレゼンのトーク』が
今の自分にあてはめて聞けた。
プランに中身が具わっているのなら、
口先の上手い人よりは朴訥とした人のほうがよいという箇所は
戒めの言葉として受取りたい。

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鳴らない電話と進む掃除

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一ヶ月煮込んだカレーは旨かった、と書いて
先ずは話の結末を仄めかしておく。
そのことと上に掲げた写真との関連をいささか回りくどい方法で
語ってゆこう。

今日土曜日は県立高校の合格発表の日だった。
午前10時に掲示される結果をさぁらとTOMは見に行っている筈で、
僕は電話がいつ鳴るかと、新聞を読みながら10時半まで待っていた。

発表を見て、喜んで、まずはおばあちゃんに電話して、
おっちょこちょいだから場所を見つけられなくて迷子になっていたり、
そんなこんなでなかなか連絡ができないのかもしれないなと
思えたのは10時半までで、
それ以後はよからぬ想像が徐々に大きくなってゆき
落ち着かない気分のまま電話を待つのも耐えられなかったので、
台所の流しの掃除をすることにした。

スポンジを細かく千切って流しのステンレスを磨いてゆく。
表面を覆う油の層が剥がれ落ちてゆき、輝く面が現れるのを見るのは気持ちいい。
先週のように引越しを手伝うのもいいけれど、
自分の部屋を掃除するのもたまにはいいものだな。
そう思いたいのだけれど、鳴らない電話が気になる。
♪わたし 待つわ の歌が頭の中で不吉に鳴り響く。

鳴らない電話と進む掃除。
11時ごろにようやく鳴った電話をこころ整えながら取ると
それはKauさんからで、TOMの結果を気遣う電話だった。
「まだ連絡がないんだよ」
「そうか、発表は10時のはずだけどね」
しばしの沈黙。
「連絡があったらすぐに知らせるよ」
「うん」

10時の発表から1時間。おかしい、これは普通に考えたら
すぐに知らせる結果ではなかった=わるい結果だったから
電話が掛かってこないと思うほうが自然なのではないかと、
マイナス思考に陥りはじめた午前11時過ぎ。
受話器を置いたあとも掃除をつづける。
やはり僕が教えないほうがよかったのか、
ナントカ学院に無理にでも通わせたほうがよかったのではないか。
月曜にジンギスカンによる合格パーティを控えているが
それもボツか。
今ごろ泣いているんだろうなあ、
どうやって声掛けたらいいんだろうなあ。

台所の流しがすっかり綺麗になったので
つづけてクッキングヒーターの天板を磨くことにした。
油で汚れているステンレスを磨いてゆくと自分の顔がぼんやりと
映ってくる。
何だか父の声が聞える気がする。
「わしは多くの生徒を塾で教えつづけてきた。志望校に合格させるのが
仕事だからだ。その仕事をお前はあまり好きではないようだったが、
そういうお前はただの1人も合格させることができなかったではないか」
「ちがうんだ、父さん。
僕は今でも成績がよければ全ていいなんて思ってはいない。
やっぱり学校以外で勉強を教えて成績を上げるというシステムは
どこかおかしいと思うよ」

そんな妄想までしていたら電話が鳴った。
時計の針は11時15分を指していた。
ステレオの音を消して慎重に受話器を取るとTOMの声がした。
「やっほー」だったか「もしもし」だったかは忘れた。
弾む声は当然のように合格を伝え、
その後さぁらが話したところによると、
ふだん使わないケータイのバッテリが切れていたらしい。
それにしても、と思わぬわけではないが
受話器を置いたあとも僕は磨きつづけたその成果が
今日の写真なのであります。

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隠しダンジョン

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(↑これは水曜の夕焼けat6時)

ドラゴンクエストには本編が終っても隠しダンジョンというおまけがある。
知る人ぞ知る操作を行えば、世界が救われたあとに
お楽しみのステージが用意されているのである。

長い旅が終った、と先日書いた研究会の報告書だが
実はあれは初稿をまとめ終ったのであり、木曜に行われた最終の研究会で
喧々諤々とやり、その結果を反映させることでようやくジ・エンドとなる。
寂しいような嬉しいような。

初稿を提出し終えてから自分のパートが気になっていて、
もう少しうまくできたんじゃないかと思っていたこの二日間は
ひそかに書き直しをしていた。A4で2枚のものだけど、
報告書を読む人ははじめに眼にする部分だから、内容に見合う、
内容を読んでみようかなと感じるものにしたいと気負いすぎた初稿では
空回りした勢いが、書き直したバージョンでは簡潔にうまく
まとめられたと思う。

調査内容を発表することにはある種の痛みも伴う。
あれやこれや云われると傷つくのであるが
それだけのものを成果品に注いだ自負があってゆえのことだろう。
表現すること、自分の考えを外に出すことは可愛い子に旅をさせるような
ものだろうか。大きくなって帰ってくればいいと思う。(←意味不明)

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有象無象を篩いに掛けて

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長い旅が終った、と私は感じる。
(このはじまりは前にも使いましたね)
例の研究会に関して皆から届けられた原稿を、
一本の報告書にまとめる作業がようやく終ったのである。
先週木曜から今日の夕方5時までの
所要時間延べ?よく分らない時間の、異世界への旅。

とにかく〆切に間に合わせることができてよかった。
期日を守るというのは大人としての誇りであるもののけっこう辛くもあり、
今日などは胃が喉元までせり上がってくる感覚を一日中感じていた。
まあそれが裏返しの快感にもなっているわけだけれど、
残された時間から逆算して、これは妥協し、ここはぜったい譲れない、
あとでもう一度もどって見直そうという具合に、
切羽詰りながらもそれぞれに対して適確にラベル貼りを行うときの
スリルといったら何にも喩えようがない。

所要時間不明と書いたが
机に向っているときより、むしろ何もしていないときにこそ
無意識の底のほうで何かがなされているようであり、
有象無象を篩いに掛けて
不必要なものが淘汰されてゆくのを待つ時間と云えばよいだろうか、
何ものかが熟成されてゆくのをじっと待つのである。
その時間があってこそ、土壇場で思い切った判断が可能になるのだろう。

そういえばログの書き方も少しずつ変ってきた。
以前は四六時中、書く内容のことばかり考えていたが
最近はそうでもなく、
文章を書く心持をととのえて机に向うまでのプロセスが肝要であると思う。
何を書くかではなくて、どのような気持ちで書くか、
書くためにどのように時間を確保するか。
あの文章を書いたとき自分はどのような心境であったかと振り返り、
いつも上手くゆくばかりじゃないけど、
ある程度の経験値が積まれてきたことは感じる。
「ほしは レベルが アップした」というところか。

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お守り

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いよいよ月曜が県立高校の入試なので
神社へ合格祈願のお守りを求めに行く。
昨日に引きつづいてときおり雪が舞う寒い一日。

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季節の終り

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(↑窓から海を臨む)

恩師の研究室の引越しを手伝う。
転任を控え、15年間親しまれた部屋を撤収するのである。

国文のフロアゆえ古紙を好む虫が通常の50倍棲みついていて
気管支を害した先生もいるとの理由で、
まずはマスクを着用してから作業に取り掛かる。
気分は赤瀬川原平さんのハイ・レッド・センターである。

Kauさんと手分けして本とその他を段ボール箱に梱包していると
財津和夫の歌声が頭の中に響いてくる。
♪想い出詰まったこの部屋を 僕も出てゆこう のくだり。
15年前のこの部屋にはまだパソコンはなかった。
15年前というと、僕は入学したての1年生だった。

豆で淹れたコーヒーを研究室で初めて戴いたとき
丁重に大人扱いをしてもらったと感じてとてもうれしかった。
窓からはグラウンドとその向うには海が見え、
連歌の会が催された初夏の夕方にはひた走る陸上部員の姿を歌に詠みこんだ。
財津和夫の歌声は
♪春はもうすぐ そこまで 恋はいま終わった とつづくけれど、
研究室の引越しは
一つの季節がおわり次の季節がはじまってゆくことを感じさせた。

このように感傷的にもなりつつ、しかし面白い発見もあった。
引越しのときには思わぬものがいろいろ発掘されてくる。
それはテニス部だったF田くんの書き置きで、
「先生へ お腹がどうしても空いたのですみませんが
何か食べてきます」という内容がルーズリーフに走り書きされてあった。
待ち合わせたときに空腹に我慢できずF田くんは
生協に何か食べに行って遅れたらしい。
会議を終えて部屋にもどられた先生は書き置きを見て、
「自分もお腹が空いているのに」と憤慨されたらしいがそこは大人である。
時間を守るというのは人の基本であると云って
F田君を諭したそうな。

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途中に昼食をはさんで夕方には予定どおり片付いた。
歴代ゼミ生のなかで引越しの手伝いをさせるならこの二人という
メンバが揃い、私語もなるべく慎みながら働いた甲斐があった。
達成感とともにさびしさも感じたが
夜は沖縄料理の店に行くとそんなものは忘れられてしまった。
ちがう季節がはじまるだけなのだ、と云いながらも
夜の四日市は雪が舞い、たいそう寒かった。
いるかの歌みたいだねえとKauさんが云った。

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燃料補給はこまめに

例の研究会の報告書は
10日が僕に提出してもらう〆切だったのだけど、
7人全員が間に合わせてくるとは思わなかった。
(うち二人は前日にもらった)

提出された原稿を読み、自分の中の仕上りイメージと比べると
これからやるべき編集作業が分ってくる。
けっこう大変そうな作業が控えているが
広報紙づくりをしていたころとだぶって、胸おどるところもある。

当時と少し違うのは、
前は作業がノッてくると何も食べずにがんばれたのだが
今はダメで、食べ物が切れると身体がへなへなとなってしまう。
燃料補給はこまめに行わないといけない。
何だか恩師を思い出してしまう。

amaimono
(↑恩師は「甘いもの」と「辛いもの」の両方が揃っていないと、
  というのが信条の厳格なお人柄である)

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お風呂読書と短篇小説

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(↑なぜか切れてない頁が多いのでペーパーナイフが必要)

風呂に浸かりながら本を読むのが習慣になって久しい。
温泉のように泡風呂、うたせ湯、サウナ、露天風呂などの各種浴槽が
揃っているならともかく、自宅の狭いユニットバスで退屈に耐えながら
長い時間を、ただ湯に浸かっているのは困難である。

電器店にて防水仕様のラジオやCDプレーヤが手ごろな価格で
棚に並んでいるのを知ってはいるが、耐久性に疑問を感じるし、
はたしてお前は風呂で音楽が聞きたいのかと自問自答してみれば
否という答えが出た。妙な反響が付いて耳障りなことだろう。

そんなとき、タオルを3つ折にして背表紙を包めば風呂の中でも
本が読めるという簡単な事実を知った。試してみると十分にいける。
判型の大きな単行本では紙質の具合で縒れてしまうこともあるが
まあ自分の本なら大丈夫である。文庫本なら云うまでもない。

どのような種類の本がお風呂読書には適しているか。
浴槽に温めの湯を少なめに張って、ちょうど腰の上まで浸かるくらいだが
さすがに長時間入っていると汗が流れ落ちてくるし、頭もぼうっとしてくる。
長編を少しずつ読みすすめたり、
のぼせるまで話題の新書を一気に読んでみたり、
短編集を読んでみたり、
さまざまに試しているがこれまで決定打というのはない。

一昨日から読みはじめた本がなかなかよいので紹介すると、
戦後短篇小説再発見』というアンソロジーである。
講談社文芸文庫編となっていて、
編者は井口時男、川村湊、清水良典、富岡幸一郎の4名、
一人の小説家につき1作のみを選び出す、しかも知られざる名作を、
そして長さも400字詰原稿用紙で60枚程度を目安にするという
基準が設けられている。

シリーズは2期計18巻まで出ていて一冊に平均12篇が収められている。
『1』は「青春の光と影」というサブタイトルで、太宰治、大江健三郎、
三島由紀夫、田中康夫、宮本輝、北杜夫などが収録される。
読みはじめたばかりだが一篇一篇が長すぎないのが嬉しい。
一人の作家の短篇集を読むのとはちがって、
一篇ごとに文体が、そして描かれる風俗が異なり、
知っているようでそれほど詳しくない昭和という時代が何であったのかを
振り返ることができる。

そして短いとはいえ、短篇集を読む醍醐味の最たるものは
長篇なら頁の終りが物語のおしまいを示すのに比べて、
一篇の終りが不意にやってくることである。
長篇小説とは異なる余韻がそこにある。

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ユニバーサルな日本語

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ユニバーサルな日本語の研修に参加してきた。
外国人市民との共生を考える検討会が月に一度行われていて、
NPO、外国人市民、日本語教室の先生、行政がメンバとなっている。
いつもの例会はテーマを決めて、あれやこれやと話し合っているが
今回は「ユニバーサルな日本語」についての研修が
ワークショップ形式で行われると聞いて行ってきた。

ユニバーサルな日本語とは、
日本語学習歴の浅い外国人にも理解しやすいよう配慮された
「万人向けの日本語」のことである。
急増する外国人市民の全てに対して、
彼らの母国語に翻訳された資料を用意するのは至難のことである。
それならばパーセンテージの高い幾つかの外国語版を作るとともに、
もう一つ、日本語を簡単な表現に置き換えた版を作ってはどうだろうか
というのがその趣旨である。

1 だれでも使用でき入手可能
  → だれでも 使えて 手に入れることが できる
2 柔軟に使用できる
  → 自由に 使うことが できる
3 使い方が容易にわかる
  → 使い方が かんたんに わかる
4 使い手に必要な情報が容易にわかる
  → 使う人に 情報が かんたんに わかる
5 まちがえても重大な結果にならない
  → まちがえても だいじょうぶ
6 少ない労力で効率的に、ラクに使える
  → 楽に <むずかしくなく> 使える
7 アプローチし、使用するのに適切な広さがある
  → 使うとき、適当な広さがある

これら7つはユニバーサルデザインの7つの法則を
ユニバーサル<万人向け>日本語に置き換えたものである。
・基本的な語(約2000語)を使ったり、
・カタカナ表記の外来語の使用を控えたり、
・1文の長さを短くするとともに、単純な文型にしたり、
・空白を多く使ったり、
・漢字のふりがなは文字の下に付けたり、
このように幾つかの工夫を行う。

実習として4人一組で行政の発行物の一部を
ユニバーサル日本語に置き換えてみたが、
これがけっこう難しく慣れが必要な作業だと思った。
子どもにかみ砕いて説明するのと似ているところもあるが
やっぱり少し違う。
子どもに向けて、自動車免許の取り方や、奨学金制度や
自動車事故のときはどうしたらよいか、なんて説明したりしないものね。

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異議あり

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Yah! 昨日のホシログの写真に関して意見を戴いたよ。

えーと、
「お雛様の女雛が前に出ている写真に、
作為的な配慮を感じてしまいます。
事実は正しく伝えましょう」か、なるほど。

では昨日の写真を見てみようか。
DSC02761

・・たしかに女雛が前に出ているね。
男雛が気弱そうに後ろできょろきょろしながら
女雛にようやく着いていっているみたいだ。
女性上位の社会を意図したもんなんだろうか?

え?ちがうって。
ここでホシログの写真を撮影したカメラマンの意見を
聞いてみよう。
「ええ、たしかに男雛と女雛は等距離に並んで立ってました。
でも見てください。この雛人形は土で作られた焼き物なんですけど
見かけと構造上の安定をねらって下部が末広がりになってます。
簡単にいえば、三角形の上に顔が乗っけてるようなもんです。
僕は政治的意図や風刺を交えてこの写真を撮ろうとしたのではなくて、
お雛さんのほんわりと、そしてポケーッとした表情が面白くて
なるべくアップで写したかっただけなんです。
アップで写そうと思うと、どちらかを前にせざるを得ないでしょう。
両方試した結果、僕の芸術的センスは女雛が前に出ている
ほうの仕上がりを選んだってわけなんですよ」

ふぅむ、よく分ったよ。
たしかに男雛と女雛、両方をただ並べて撮ったのでは
顔が小さくなっちゃうものね。
Yah! ご意見くださった方はこれで納得していただけたかな?
じゃあまた! bye-bye!

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顔の経歴

ほぼ日で連載がはじまった、といっても
毎週水曜掲載で、昨日でもう第7回になるのだけど、
U. M. A. よしもとばななの書きもの」には
変てこな味がある。

昨日は「顔」について書いていて、
ばななさんは人は顔がすべてだと云う。
顔にはその人の全部が出てしまっている、と。
僕はそこまで言い切るつよさはなくて、
顔を中心とした外見にその人の生きてきた歴史や
その時々の体調やテンションは現れるだろうけれど、
それを適確に見るのはかなり難しいだろうとおもっている。

ここからが可笑しかったが、
ばななさんはお腹の中に赤ちゃんがいた9ヶ月のあいだ
予めつけた名前で呼びかけても、どんな顔をした人に
呼びかけているのかイメージができず、
とても気になったと云う。
そしてオギャーと出てきたとき、
「こういう顔の人だったのか!中にいたのは!」
とほんとうにびっくりしたらしい。

そんなものなのかな、とこれまでも今後も自身で出産する
予定のない僕は想像するしかないのだが、
人は顔にすべてが現れているとして、
苦労や経歴や性格やそんなものは
まだこれからすべてを積んでゆく
生れたばかりの赤ちゃんの顔に表れているのは
いったい何なのだろうとふとおもった。

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「萌え」考

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(↑これは「萌え」ではありませぬ)

マニアとオタクのちがいを知っているだろうか。
マニアが鉄道、クルマ、バイク、オーディオなど実体を好むのに対し、
オタクは虚構を好むのだそうである。
先日のNHK日曜美術館で云っていた。

「都市を変えるポップカルチャーOTAKU・おたく」と題して、
昨年イタリアで開催されたベネチア・ビエンナーレ建築展の
日本館での展示を、番組は丁寧に追っていた。
日本館のテーマは「OTAKUが変えた都市空間」。
展示責任者=コミッショナーは34歳の若き都市研究家であり、
自らをオタクと言い切る森川嘉一郎氏で、
東京・秋葉原が「家電の街」からいかに「オタクの街」へと
変容しつつあるかを示そうというコンセプトである。

行政が計画して都市整備を行なったり、
大企業が進出して街の形態が変る通常のケースとは異なり、
秋葉原に今進行している変容は
個人の趣味が現実の世界を変えてゆく点において独特で、
これまで世界のどこの都市でも見られなかった前例のないものだと云う。

日本古来の美意識に、
「侘び」と「寂び」がある。
それらに比する、それらと共通する現代の日本が生み出した美意識として
「萌え」が挙げられているのには少し戸惑ったが、
云わんとするのはこういうことだ。
「萌え」とは想像上のキャラクターに入れ込む・のめり込むことである。
想像上のキャラクターとは実体の無いものである。
日本古来の「侘び」も「寂び」も、
円熟して満ち足りたものを賞賛・賛美する美意識ではなく、
どこか足りない欠けたものを愛でる美意識である。
その屈折の有り様に共通点がある。

なるほどなあ、「萌え」も深いんだなあ。

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満員図書館

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まとめものをしたかったので図書館へ行ったら
この時期の学習室は受験生でいっぱいにあふれていた。
ふだん図書館を使わないのでよく知らないのである。

仕方がないので宮脇書店に寄ってみると、
橋本治著『ひらがな日本美術史』を見つける。
読みかけたばかりだがめっぽう面白く、画期的な美術史と云える。

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市民フォーラム

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(↑ソーキそば:本文とは関係ないですが美味しかった)

市の総合計画について考える市民フォーラムに参加してきた。
2部構成になっていて、
第1部が市長と総合計画策定メンバのうち市民公募2名による公開トークで、
第2部は3つの分科会に分れて、
それぞれ
①子どもの未来
②外国人の声
③定年後の居場所と生きがい
について意見交換を行う。

プレゼンを終えたばかりの僕に②はドンピシャのタイミングであり、
半年にわたる研究・討論の中で外国人対象のアンケートや
日本人対象のアンケートを行なってきたものの、
外国人のナマの声を聞く機会はついぞなかったので
これ幸いと飛び入りで参加させてもらった。

外国籍16名の出席者の国籍別内訳は、
ブラジル…10、
韓国…3、
中国…2、
ボリビア…1
といった具合で、ブラジルが多いのは実態に合っている。
韓国、中国の5名は国際大学の留学生である。

2時間半にわたる分科会は大いに盛り上がった。
僕らの研究会において、先日のプレゼンで発表した7つの提言は、
①情報とコミュニケーション~平常時篇
②情報とコミュニケーション~緊急時篇
③子どもの就学率
④組織の強化
⑤外国人市民に政策を提言できる機会を
⑥もっと相互交流を
⑦偏見と先入観をなくすために
という構成だったが、
この枠組みが間違っていなかったことを再確認した。
手法的にブラジル・ペルーに絞ったとはいえ、
得られた成果は結果的に、全ての国籍に関して共通して
云えることだという認識も強くし、
報告書に用いるアイデアも幾つか得たのだった。

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複合機の時代

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デジタル携帯音楽プレーヤー「iPod(アイポッド)」のバリエーションとして
「iPod photo(アイポッド・フォト)」が発売されたと聞き、
おお、デジカメが付いたのかと早とちりしたらそうではなく、
最大25,000枚の写真をiPodに詰め込んで持ち歩けるのだと云う。
デジタル機器の複合化というのは
ケータイ電話にカメラ機能を付けたのは出色のアイデアだったと納得するが、
なんでもかんでも一緒くたにしてしまって
はたして便利なのだろうかと疑問に思わないでもない。

ライブドアがニッポン放送の株を買い占めているのも、
デジタルの時代に様々なメディアを傘下に治めることによって
生れる利益をねらった、
いわば複合機的なメリットを考えているようだけれど、
十徳ナイフを便利そうに使いこなしている人って
あまり見たことないものね。
今日は社会派な話題でした。

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文体の統一

mangetu
(↑満月の夜はこころが騒ぐ・わおーん♪)

研究会のことをもう少し。
プレゼンのあと会議室に集まって、報告書の作成をどのように行うか
分担を確認したとき、文体は「ですます」調でなく「である」調にしようと
いうことになった。異論はない。

(皆が書いた原稿を並べるだけでは統一感に欠けるだろうから)
僕は「はじめに」の部分と、あと全体の文体の統一をやるよと言ったのだが
これはどうも上手く伝わらなかったみたいで、
皆の反応は、さっき「である」調の文体と決めたのに
それ以上の文体の統一がどうして要るんだというものであった。

斯様に皆で意思を統一して一つの物事を行おうというのは難しい。
それが分ったことは、研究会に参加しての大きな収穫だった。

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書き手の主格

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(↑沖縄土産は美味しかったです)

さて報告書の作成である。
僕の割当ては、プレゼンと同じく「はじめに」の部分で、
読み上げ原稿をリライトすればいいんだろうというくらいの
軽い気持ちで取り掛かったところ、
どうもそんなに単純じゃないみたいだ。

最初の3行はすらすら書いたものの
あとが続いてゆかない。
いつものホシログのように筆が進んでゆかず、
なぜなんだろうと頭をひねっていると、
そうだ、文体の問題だと気づいた。

研究会12名による報告書だから、
通常ホシログで使っている「僕」ではなく、
気どった演出過剰な装飾を施したいときに使う「私」でもなく、
「ぼくよ、ぼく」のときのように「ぼく」でもなく、
はたまた、
筒井康隆氏のように「オレ」でもなく、
小林よしのり氏のようにゴーマンかまして「ワシ」でもなく、
研究会の総体としての
「私たち」に似た擬似人格を創生し、
そこに寄生して書かなければならない。
(ほんとか?)

筆のすべり・ユーモア厳禁、
とくに「はじめに」の部分だから耳目を必要以上に惹きつけるのも
考えもので、あとに橋渡しをするに十分な内容であればそれでいい。
空気のような内容と文体。
ボクにそんなの書けるかなあ。
と、さいごに「ボク」を使ってみました。

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在日2冊

0502131     0502132

今度の研究発表では
在住外国人=外国人市民について考えるという表題なものの、
当市において71%を占めるブラジル国籍とペルー国籍に焦点を絞る。
あとの29%はどうなるのだ?ということになるが
在日については日本語に不自由していず、
人権的課題が大きく横たわる。
今回はそれらを扱うとテーマが大きくなりすぎることもあって、
言葉が通じないことによる支障について考えてみようということになった。

そのあたりの事情について
プレゼンの前置きで触れなくてはならないのだが、
「人権がどうこうで難しいので避けた」と云うだけでは無責任なので
背景をかためるために二冊の本を読む。
①『<在日>という生き方―差異と平等のジレンマ』と
②『知っていますか?在日韓国・朝鮮人問題一問一答』。

いずれも著者は在日韓国人だが、
①の著者朴一(ぱく いる)氏は1956年生の在日3世、
②の梁泰昊(ヤン テホ)氏は1946年生の在日2世。
生れ年は12年しかちがわないが、
2世と3世のちがいが
2冊の本の肌触りに大きく影響しているのかと思う。

①は客観的に
在日コリアンの置かれた今の状況を明らかにする。
装丁から受取る印象ほどには内容はかたくなく、読みやすい。
前半の総論と、後半は力道山、新井将敬、孫正義氏らの
伝記になっていて、研究書プラス読みもの的なテイスト。
対照的に②は
「こんな事実があるのに日本という国は見ないふりをしようとしてきた。
事実を知らないでいるのは罪である」という
スタンスで書かれたものと受取る。

このような事実があったのかと思いながら読んだが、
それ以上にどうしてこのような歴史について
これまで知らなかったのだろうと我がことながら疑問に思う。

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警備のひと

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(↑HEY、ジャッキー!)

あるいて5分もしないところにスーパーがある。
以前は午後10時までの営業時間だったところが
一年ほど前に12時までに延長され、それにともない
警備のひとが一人、入り口付近に立つようになった。

イラッシャイマッセー!と妙にかん高く響く声は
出入りする客とはあさっての方向にむいて発せられ、
接客のしごととは縁遠く、
その人の歩みはこれまでやってきたのだろう、
警備のひとの年齢は60前の、再就職にみえた。

最初のころのカチンコチンな調子は行くたびに改善され、
店員さんとのコミュニケーションも徐々にうまくいったのだろう。
当初のころのように、店内に一歩入ると
キヲツケー、ナラエー!と同じ口調で
イラッシャイマッセー!が聞えることはなくなっていた。
それでも、地方都市のいなか町にあるスーパーの
午後10時を過ぎた時刻の、
人の出入りがまばらな中では
警備のひとの動向は、
僕にとっては常に気になるところで、注目してきた。
彼にとっては迷惑なことであるだろうけど。

そして今日、夜に行くのは少し久しぶりのことで
ついさっき行って、大発見をしてきた。
警備のひとが、警備以外のしごともしていた。
レジが済み、中身を袋に移したあとのスーパーのカゴは
レジ近くの置き場に積み上げられる。
そうして一定以上に積み上げられると
レジのひとがそのつど入り口に移動させていたのだが、
ふと今日気づいたことには
その役割を警備のひとが行なっていた。
しごく当たり前のように。

警備のひとはずいぶん長く、かごの移動も
彼のしごとに含めてきたのかも知れず、
僕が気づいたのがたまたま今日だったということかもしれない。
しかし、あの不器用そうな
イラッシャイマッセー!とアリガトゴザイマシター!と叫ぶ
あの警備のひとがここまでたどり着くには
けっこうな時間の醸成があったのではないかと想像する。
だれかが言ったのだろうか、
自分で気づいたのだろうか。
とにかく彼=警備のひとがあいかわらず不器用にもかかわらず
自分のしごとの領域を「警備にまつわること」の最小限から、
「スーパーの出入り口付近に関すること」へと
拡大したことに気づいたのは
ちょっとした大発見だった。

人が自分の居場所を見つけてゆくプロセスというのは
いろんなドラマを含んでいそうで、
気づくと自分のことのように嬉しくなる。
リトル・プチ・プロジェクトXは
そこかしこで、人知れず行われているものなのだ。

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ネコの足跡

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3連休の前日の木曜は、どうしても金曜と間違えてしまう。
燃えるゴミ袋=緑色を持って1階に下りてゆくと、
先に行く人がピンクのゴミ袋=プラスチックゴミを持っている。
いっけないんだ~♪と思って見ていたら、
もう一人横からピンクの袋の人が来て、
そこで初めて間違えていたのが自分だと気づく。
仕方ないからクルマのトランクに入れて出勤しました。

木曜の夜は昔の職場仲間6人で月のほほえみへ。
☆君の(辛辣で)正確な人物批評が久しぶりに聴けて嬉しい、と
云われたが、僕はじつにいつも穏当な人間理解しか表明したことの
ない筈なのにおかしいな、と思いつつ酔いは進み、楽しかった。

翌日車を取りに行くと、ボンネットの上にネコの足跡が
かなりたくさん残されていた。
日当たりのよかった午前中にぽかぽかと温まった跡だろう。
洗車しなくちゃ。

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一晩寝かしたカレー

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天気予報が伝えたとおり今日は3月のような暖かさで、
けれども一足先に春はやって来ず、
チキンカレーを作ろうとして玉ねぎが少し目にしみる。

(以下は喫茶マンハッタンの店長の説教口調でお読みください)

「あんた、カレーの作り方を知っているか。
そうだ。あの誰にも好かれているカレーだよ。
玉ねぎを弱火で炒めてだな、
じゅうぶんに茶色になったらだ、肉を入れるんだ。
よく混ぜてから水を入れ、野菜をほうりこみ、
ことこと弱火で煮るんだ。
そしてカレールーを割り入れたら出来上がりなんだけど、
ちょうど、あんたが今、
その出来上がったばかりのカレーなんだ。
いいや、カレーというより
あんたはむしろ、鍋だ!

あんたの中で蓄えられた知識がカレーになるんだ。
いいか、出来上がったすぐのカレーより
じつは一晩寝かしたあとのカレーのほうが旨いんだ。
それぞれの素材のうまみや各種スパイスの特徴が
一晩、鍋の中で寝かしておくことによって
絶妙にブレンドされるんだ。
出来上がったばかりのカレーが青二才だとしたら
一晩経ったあとのカレーは、
あたかも人生経験をじゅうぶんに積んだベテランにも
喩えられるだろう。
あんたは、だから、鍋だ!

あと一月じゃないか。
あと一月、これまで詰め込んだ知識で
すでにもう材料は足りている筈さ。
あんたに足りないのは寝かせる時間さ。
それぞれの知識が、じゅうぶんに働きどころで
力を発揮する。
その時機が来るまでもう少しじゃないか。
鍋になるんだ!」

訳分らなかったかもしれないけど、
一晩寝かしたあとのカレーって美味しいですよね。

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ピカチュウマグネット

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ピカチュウのマグネット付き、
冷蔵庫の扉部分などでの使用を想定、
たぶん2000年制作。
小さくてかわいい仕上り。

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かにみそクリームスパゲッティ

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かにみそクリームスパゲッティを作る。
レシピはいつものコレ
美味しゅうございました。

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六華苑へ

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桑名の六華苑へ。
ジョサイア・コンドル設計の洋館と和風建築のコンビネーション。
建築探偵桜井京介の事件簿』というシリーズがあって、
さいきん洋館に興味をもっているミサキさんの要望に応えた行先である。
この春には神戸の異人館も訪れる予定。

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プレゼンに臨むために

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先日の研究会は概ねうまくゆき、
次回(今月中旬)は模擬プレゼンを行うので
紙資料とはちがうパワーポイント用の資料と
読み上げ原稿を用意しなくてはならない。

プレゼンというと
今の仕事内容は日々プレゼンだと云えないこともないが、
(=こちらから働きかけて相手の意思形成を促す)
上司の面々に成果報告&提案のかたちで
何かを発信するのは今回が初めてである。
昨年の資料はあまり参考にならないと感じたので
プレゼントは何ぞや、ということについて少し調べてみた。

・見た目(8)に対して中身(2)  ・タイトルに凝れ
・テンプレートを使うな       ・書体に気をつかえ
・色づかいは、むしろ地味に、わびさびの粋を
・得た情報を吐き出すことがクリエイティブ・プレゼンテーションである
・大きな声、目力、会場を見回す余裕
・つかみネタを幾つか
・自分が感動した事柄を含めておく
・要点は3つ
・プレゼン力はライブ力

まるで斎藤孝さんの本みたいだが、
これらは【達人佐々木博のザ・プレゼンマン】からの抜粋である。
けっこう参考になった。
紙資料を使っての説明をスライドに変えるにはどうすればよいか、
というこれまでの考え方を修正して、
全体の大きな流れを重視し、
あたかも映像作品を作るように
絵コンテを描いてゆく。
そういう方向性もありかなと思う。

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はしゃぐはしゃぐ

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家庭教師先で一つめの祝杯。
本命の推薦入試、面接をおえて帰宅したら
私立の結果が届いていたんだそうだ。
しかも難しいと云われていたほうの学校なので
TOMのはしゃぎっぷりは
ここ何ヶ月か見なかったような開放感に溢れていて、
こいつはこいつなりに
いくら気楽そうに見えていても
抑圧されるものがかなりあったわけだ。

ここ数日の様子は
リサイクル運動市民の会三重のホームページ】内の
「管理人さぁらのブログ」に詳しいのでお読みください。
ぼくがさいきんドラクエ7をしている様子なんかも
分ります。

さて、肝心の面接はどうだったかと訊くと
面接官がとてもユニークな人で、
こちらが何か尋ねられるというより
面接官がしゃべっていた時間のほうが
はるかに長かったそうである。
いろんな面接があるもんだ。

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雪の降る街

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2/2(水)朝7時、家の周りはこんな感じ。
雪の降る街を歩いてこれから出勤です。
レジャーの予定の人はたいへんですね。


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役に立つもの

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土・日で私立2校の受験がおわった。
今週木曜には本命の推薦受験が控えていて、
日曜の新聞に各校の出願状況が掲載されたが
緊張感をともなう数字だった。

土曜の夜は、その日に受けた試験内容の復習をしていた。
5教科あるうち、3教科については
校門のところで私塾が速報回答を配っていたという。
のこりの2教科は、駅前の塾本校にて
夕方から配るというので取りに行ってきた。
解答がなくても自分で解ければいいのだが
そうはいかない。
理科とか社会とか、暗記を要するものに関して
僕はぜんぜん覚えてないから役に立たない。

それに比べると数学はまだしも解ける。
ああやって、こうやってと、試行錯誤しながら
スマートなやり方でなくてもぜんぜん解けない問題というのはない。
中学の数学なんて内容的には「数の学」ではなくて
小学校の延長=算数の域を出ないのだけど、
それでも問題にチャレンジして何とか解ける。
このちがいは何だろう。

問題を解くに関して中学当時に開発された頭のはたらきを、
今でも使っているか使っていないか。
そこが関係するんだろうか。
サインコサインタンジェントになると、
もう念仏みたいなものにしか思えないんだけどね。

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すべてが満ち足りた時には

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鳥鍋の夜はビールではじまり、やがて熱燗へ。
鳥雑炊が仕立てられるころになるとなぜか
しゃっくりが止まらなくなった。

「菜の花の色は?」
「きいろー」と答えるのを繰り返し試してみて何とか止まったころには
宴は赤ワインに切り替わり、
そろそろ二人のペースについてゆけなくなった僕は
別室で先に休ませてもらった。

翌日は希望荘で温泉に浸かり、
その後は菰野町にある隠れ家的な蕎麦屋へ。

湯ノ山街道を西へ、つまり山のほうへクルマで走り、
パラミタ・ミュージアムを過ぎるころになると、
このあたりは社長さんの家とか、大きな邸宅が多いという話になった。
なるほど、ひろびろとした敷地面積に構えの大きい住宅が建つのが
散見される。
そこで、
「まあしかし、最近感じることが多いんだけど」と前置きしてから、
「大きな家に住んでいる、いいクルマに乗っていることが
イコール幸せじゃないですよね」と
ついうっかり云ってしまった。

満ち足りないものを感じて、
満ち足りない部分を埋めようとして少しずつ
何かを手に入れ、何かをつくり、自尊心を満たしてゆく。
いずれ、身の周りで満ち足りないと一切思わなくなったとき、
つまりすべてが満ち足りたときには
「満ち足りないと思う」心だけが決定的に欠けているわけで、
芥川龍之介の芋粥の話みたいなものか。

今ひとつうまく表現できていないと思うからこれについての、
いまだ考えがまとまっていないことは確かだが、
♪自分が自然に生きていると気づくことは
♪なんて不自然なことだろう~という歌に似たようなものかと思う。

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あの朝の延長線上

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恩師宅で京風鳥鍋を戴く。

小3のお姉ちゃんと幼稚園・年中組の双子の子供達は
とてもすくすくと育っていて、
「日本語であそぼ」でおぼえた短歌を暗唱してくれたり、
ピアノ演奏を披露してくれ、楽しませてもらったので
お返しに「11ぴきのねこ」と「ぐりとぐら」を読んであげた。

鍋を囲んで食卓では、最初のうちこそ雰囲気が硬かったが
酔いが進んでくると、
いい意味で遠慮することのない話の場がそこには現れてくる。

今年は年賀状にことごとく
子どもの写真が載せられていた当たり年だったけれど、
親の写真も小さくていいから載せてもらったほうがいいとか。

4月から環境が変る恩師は、
先週現地に赴いて住いを探してきたとか。

ブックオフを呼んで要らない本の処分を図ったけれど
引き取ってくれなかった本のほうが多かったとか。

☆君がさいしょに現れたときは、ほんとどうしよう?と誰もが思ったとか。

公衆の場での子供の行儀のわるさに、昔はあれほど大人げなく
いきどおりを隠さなかった同じ人が、こんなに子煩悩になるだなんてとか。

奥様にいちばん受けたのは「朝食を食べに行く練習」の話である。
Kauさんがまもなく社会人になろうかという3月に
「正統的な社会人とは、朝、きまった時間にちゃんと起きて、
 朝食を取るものであるらしい。よし、練習をするぞ!」
というので、ときわ荘界隈に住む3人が
近くのマクドナルドや吉野家までてくてくと歩いて、
朝食を食べに行く練習をしていた。
2週間ほどつづいただろうか。
まだ3年だった僕も面白そうだから、付いて行ったものだ。
海のものとも山のものともつかなかったあの時期に、
何となしに身に受けていた朝陽の印象は朧にしか
憶えていないが、
あの朝の延長線上に今があるとは
折にふれ、しっかりと思い出す。

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あしからず

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(↑その昔のスピーカ製作風景5
  ターミナル=接続端子を背面に取り付ける)

今日は写真だけです、あしからず。

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自分のようなとか幸せなとか

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(↑その昔のスピーカ製作風景3
  板材の接着の重しに鉛の延べ棒を使う。
  金の延べ棒がウチにはなかったのだ)

火曜日のニュースで、
「私と同じ結婚 娘はしないで」というアンケート結果が
伝えられた。
母親を対象にしたアンケートで、
回答者の55%が
「娘には自分のような結婚生活をしてほしくない」と
考えていることが分ったそうである。
反対に、「自分のような結婚生活をしてほしい」が45%。
ちなみに自分自身について
「幸せな結婚をしている」という回答は67%。

「自分のような」とか「幸せな」とか
定義がむずかしいけどね。
新聞では「父に切ない母の願い」とサブタイトルが付いていて、
お父さんがたにショックな調査結果として伝える体裁になっていた。

これは記事の扱いが小さかったから
皆さんご存じないと思うが、
同じように父親を対象にしたアンケートでは
「息子には自分と同じような結婚生活をしてほしい」と考える回答が
80%に上ったそうである。
というのはまったくのウソでそんな調査は行われていない。
無意味だからだろう、
でもどうしてかな?

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スタイルと中身

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(↑その昔のスピーカ製作風景2
  板材の接着には木工用ボンドを使い、
  固定にはクギ、ハタガネを用いる)

昨日のつづき。

研究会のメンバと集まり、
方針を示して、それぞれに行なってほしい作業を依頼する。
とりまとめの役割は本来の僕のキャラとはちがうのだが
仕方ない。

一夜が明けるとさっそく一人から提出物があって
検討してみるとなかなかよい。使えそうである。
というか、自分だけでは思いつかなかった視点が導入されていて
多人数で一つの仕事を行う醍醐味とはこのようなものかと思う。

で、思い描いていたフォーマットに従い、
内容を配列しなおして
分り易いように重要なところは字の大きさを変え、ゴシック体にする。
すると実にすっきりとして見え、
スタイル・形式のもつ力と美しさを思い知ることになった。
自画自賛。

しかしスタイルにのみ頼って中身が空疎なのも
陥りやすい誤りではある。
そのことはじゅうぶん自覚して
今後の作業を進めたい。


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プレゼンの方法

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(↑その昔のスピーカ製作風景1
  厚みをもった板材を垂直に切断するのはむずかしい)

献血に行きました、久しぶり。
400mlがどう使われるんでしょうね。どきどき。

さる研究会の成果報告にあたる「提言」発表が2月に迫った。
プレゼンを行うわけだが、
当初思い描いた筋書きは

総論「なぜ今この問題について考えるのか」

各論「私たちは二つのグループに分れてこんな調査を行なった」

まとめ「提言」

とまあ、こんなふうだったのだけれど
よく考えてみたら、提言が主であって、
どんな勉強をしたのかを披露する場ではないのだった。
短時間で聞いているほうも分り易い内容でないといけないし。
それで改案。

総論「なぜ今この問題について考えるのか」

提言「大まかに提言の全体図を掲げる。分りやすく。
   大分類としての提言」

各提言
・提言のそれぞれについて各章を作り、
 ①まず、その提言を行うことにした背景と現状の問題点を指摘する。
 ②そうしたのち、小分類としての提言を述べる。

まとめ、今後の課題

プレゼン終了後には報告書を作成することになっていて
その際にはあらためて構成を練り直すこともあるだろうが、
短時間で分りやすく、を主眼に置くならば
これが初心者向けの提言の方法として最適だと感じる。

これだけ頑張りました、ではなく
私たちはこれが言いたいのです、をアピールすること。

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10年前

10年前の今日、午前5時46分に兵庫県淡路島北部を
震源とするマグニチュード7.3の地震が発生し、
僕が住んでいるところは震度4を記録した。
その頃はアパートの1階に住んでいて
まだ布団の中にいたが、
なまじかな揺れにはふだん気づかない僕でもさすがに
壁が揺れているのにびっくりした。

とはいえ起きて6時のニュースを見ても
いまだ情報がはっきりせず、大きな地震があったらしいと
テレビは伝えるだけ。
そのまま出勤し、仕事現場へ向うと情報は
クルマのラジオだけになった。
1時間ごとに伝えられる被害状況は
死者数を1千人単位で増やしてゆき、
にわかに信じがたかった。
帰宅してビルや高速道路が倒壊している様を
テレビで見るまでは何が起こったのかよく分らなかった。

課題はいまだ多くのこされているというが
我々に多くの教訓をのこした大震災から10年。

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ノート2

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昼間はプール、
夜はKauさんと自宅から半時間ほど歩いて居酒屋「味よし」へ。
いつも混んでいるが土曜の夜はほどほどで、
寄せ鍋、鶏皮の唐揚げ、ブタ中華など
ボリュームに満ちた料理の数々を楽しむ。
安くて美味しい、オススメだけどあまり人には教えたくないお店。

「ノート2」

・先進地=川崎市は
 広報のあり方に「多言語広報の充実」を謳う。
 ◇情報の優先順位
   ① 災害、医療等の緊急事態
   ② 生活相談
   ③ 市民としての義務(納税等)
   ④ 保健、福祉、教育
   ⑤ 日常生活(ゴミ出し他)
   ⑥ 公共施設情報 

・提言には
  ①今あるものを広く知らせ、発展させる提言と、
  ②足りないものを創設するよう働きかける提言の
 2種類がある。

・提言案
  ①拠点校制度の見直し =教育分野
   1年間だけ特別な位置づけの学校に通って工夫された
   プログラムを受けたあと、2年目に学校区へ転校した生徒は、
   再びゼロから交友関係を築かなくてはならない。
   どうにかならないか。

  ②翻訳べんり手帳の作成 =コミュニケーション
   災害、病気・ケガなど、緊急時の意思伝達に役立つ文案をまとめた
   翻訳べんり手帳を作成し、
   外国人と医療機関その他に配布する。

  ③情報コーナの設置 =広報
   今ある資料をもっと活用するため、情報コーナを設置する。
   外国人登録の窓口近く、図書館、駅近辺、ショッピングセンタなど。
   HPでも閲覧できるようにする。

  ④存在のアピール =広報
   市内に暮す外国人の紹介記事を掲載。
   特集と連載。
   別刷りでなく、通常の広報に多言語ページを入れられれば
   外国人が市内に居住しているのだと日本人に実感される。
   これらは外国人と日本人の双方に発信する意味をもつ。

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ノート1

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貝柱の3日目はクリームスパゲッティを作る。
参考にしたのはコレ
気が急いていたせいか丁寧さに欠け、ソースがだまになってしまうが
火を通しすぎないように注意した貝柱は、ぷりぷりの食感で美味しかった。
ただし彩りは物足りない。

「ノート1」

・1980年以降に増えはじめた短期就労目的の在住外国人は、
 日本で暮すことが目的ではない。
 数年間の出稼ぎに来ていて、日本語習得の必要性を感じていない。
 職場においても、生活空間においても。

・しかしながら、その国で暮すとはどのようなことか。
 独身者が2,3年滞在するだけなら問題は少ないかもしれない。
 が、病気をすれば医者に診てもらわなくてはならない。
 子どもがいれば、子どもができれば
 教育について考えなければならない。
 コミュニティにおいてはゴミ出しなどのルールを守らなくてはならない。

 それらについて僕はどうでもいいよ、と云う人であっても
 昨年とりわけ多かった台風・地震などの災害時に
 言葉が分らなければ、必要な情報を早期に入手できない。
 身を危険にさらすことになる。

・子どもの教育については、言葉をどうするか。
 日本の学校に通うなら
 日本語は習得できるだろうが、母語教育を行なったり
 自国の文化についても学ぶ機会がないと
 親子間でのコミュニケーションが取れなかったり、
 帰国しても母国に順応できない。
 アイデンティティの問題が生じてくる。
 
 ブラジル人学校に通うなら、安くない授業料と
 じゅうぶんとは云えない教育環境。
 しかし母国と同じカリキュラムはこなせる。
 

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おでん・でんでん2

pilgrim

月曜のおでんパーティでは
ホシログをはじめてもうじき一年になるんだという話になり、
昔のこと、当初から書きたいと思っていたことは
ひととおり取上げたんじゃないかなと云うと
Kauさんが、続けるのが難しいのはこれからだよ、と
にやっと笑った。
5年以上つづけている人の言葉には重みがあるのであります。

で、彼の家には一昨年前につくったコレ(写真)が置いてあって
奈良美智氏の立体造形をモデルにしたのだけど、
技術のせいか感性のせいか原作とはちがって
純和風の顔立ちになってしまった。
現在の目で見ればいくらでも直したいところはあり、
日本酒を熱燗で戴きながら、
削り足りない箇所を随所に感じて
よほど持ち帰ってきて手を入れようかと思ったのだが、
つたなさも含めて味がある=当時の自分が出ているから
いいだろうと思い直した次第。

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おでん・でんでん

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Kauさん宅で朝から煮込んだおでんを戴く。
だしとお酒と塩で作られたおつゆはすっきりした味で
4人前を二人でぺろりと平らげてしまい、
ごちそうさまでした。

話題は
①話し言葉と書き言葉について
②33歳病新年会について
③音楽を聴く環境について
④ひみつ結社への入会について
などなど。

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ふるさと探訪

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一年の計は元旦にあり、
ふるさとの
元日の夕日はあたたかく僕を迎えてくれた。
時は午後5時、
ポケットという喫茶店の前から撮影。

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翌日の午前は伊勢現代美術館へ。
2003年4月にオープンしてから気にはなっていたが
足を運ぶのは初めて。
広告会社の経営者が湾のほとりに土地を購入、
明治時代の洋館風の建物を建設して開館したという。
1Fが企画展を行うギャラリーとカフェとミュージアムショップ、
2Fは貸しギャラリーになっている。
地味だけど長くつづいてほしい施設、
夢があるじゃないですか。

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町内の中学は3つあったのが今年4月から合併して一つになる。
過疎と少子化。
僕の通った校舎は旧く、耐震対策がじゅうぶんに取れないため
現在新たな場所に建設中である。
校舎はすでに工事完了し内覧会もあったらしい、
体育館は骨組みができたところだ。

DSC02579  DSC02580

ふるさとをあらためて見ると発見が多い。
幹線道路はともかく路地に入るとこんなに狭かったっけと
意外に感じたり、
湾にぽっかりと浮ぶ筏のある風景にしみじみ心を打たれたり。
海のきれいさは昨年5月のバリを思い出すほどで、
山と海が溶けあった光線の具合がじつによい。
海面から照り返す光が太陽の直接光とぶつかり合い、
目にふれる風景の輪郭を和らげるとでも云えばいいか。
そうそう、夜空も特筆すべき美しさで、
マットブラックの背景に、
粒立ちも鮮やかな光点が瞬き、輝く様子は
北勢では見たことのないプリミティブな空だ。

DSC02584

帰省途上では
台風21号の際に路面の半分が崩れ落ちて
いまだ復旧されていない箇所があり、
うっかりしていて帰りはもう少しで気づかないところだった。
危ない危ない。
今年もよろしくお願いします。

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大晦日

oomisoka

午前は雪が降り、クルマに積もった。

大掃除にはスマップの歌が似合い、作業が捗る。

今日立ち読みした本によると、スピーカ・コードの長さは
左右を同じに揃えておくのが鉄則とのこと。
でないと左右で音質がちがってしまうからとのことだが、
余ったコードを束ねていれば
それはそれで音に悪影響があると思う僕は、
アンプ類をセンターに置いていないので
スピーカ・コードはそれぞれ最短距離に、
すなわち左右で異なる長さになっている。
こんなとき今は亡き長岡鉄男先生なら、
両方試してちがいが聴き取れなければどちらでもいいことだ、と
明快に言い切ることだろう。

さぁら邸をあとにして、昨日は☆宅で二次会を
おでんと焼きソバと牛蒡サラダを芋焼酎で楽しみつつ、
ハウルはむずかしかったという話になり、
しかし押井守監督『イノセンス』はもっと難しかったと僕が言うと
Kauさん曰く、
「あれはいろんなものを取り去ってしまえばとてもシンプルな映画だ」と
言い、映画の見方は人それぞれだなあと思う。

カレンダーを新調し、ほぼ日手帳の中身を2005年に入れ替え、
部屋は少しずつ片付きつつ、
今年もあと1時間と少しで過ぎてゆく。
いろんなことがあったなあ。

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蟹鍋

kanisuki2

大掃除第三日、
そろそろ飽きてきたところにKauさんから電話を戴く。
蟹があるんだけど鍋しない?
うん、行く行く。
そう答えながらしかし翌日の午前が仕事なのを思い出して
しぶっていると、じゃあそちらに行くよと言ってもらい、
せっかくだから人数が多いほうが、ってんで
さぁら宅で皆で楽しむ。

N大生のYOU君も加わり、
にぎやかな食卓はいかにも年末って感じでした。
ぼくの部屋は片付きつつあり、
しかし視点を変えると余計散らかったとも言え、
これも年末って感じです、何が言いたいのやら。

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大掃除第二日

ukiyodoko

↑これはKauさんが初代デジカメ(casio)を購入してすぐの頃
遊びに行って、こんなことも出来るんだよと作ってもらったもの。
当時は今よりお酒に弱く、すぐに寝てしまっていたため
【お休みだけが人生さ】といったコピーが入れられている。

とまあ、こんなペーパーが出てきたりする
大掃除第二日は
懸案だった紙ゴミの仕分けと、
旧パソコンのマニュアルやフロッピィディスクの処分と、
もう二度と聴かないだろうCDの選定。

CDは大台に少し足らないくらいの保有数があるうち、
今回初めて処分を決定したのが計36枚、
多いのか少ないのかよく分らない。
買うときはぜんぶ意気込んでレジへ持っていった筈だけど
ノージャンルの雑食で選んでいると
こういうこともあるわいのう。
今年もあと二日。

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33歳病忘年会

simanntyu

33歳病忘年会と称して3人で忘年会、
会場は四日市の近鉄新正駅近くの
琉球ダイニング【風と島人(かぜとしまんちゅ)】にて。

唐突だけれどウ音便を知っているだろうか。
古語において発音上の便宜のために、
語中・語末の「く」「ぐ」「ひ」「び」「み」などが「ウ」の音になる現象で
例を挙げれば
「思ひて→思うて」「いみじく→いみじう」「行きたく→行きとう」、
「ありがたく→ありがとう(ございます)」なんかがそれにあたる。

ま、ウ音便の内容はともかく、
近況報告で聞いていて面白かったのは、
韓流ブームに疎い国語学関係者の集まりで
韓国四天王の話になったとき、
裴勇俊(ペ・ヨンジュン)、
張東健(チャン・ドンゴン)、
李炳憲(イ・ビョンホン)ときて、
元斌(ウォン・ビン)を説明しようとしたら相手が酔払っていて、
「ウ音便? ウ音便っているのか?」と言って理解しなかったという話。
この面白さは、でも相手を選びますね。

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本を処分する

beninero
(↑暴君ハバネロの幼年時代だそうです)

大掃除第1日、
段ボール箱の解体と要らなくなった本の処分。
及びビン(ワインボトルなど)の整理。
及び…(後略)。

ブックオフで買い取ってもらうのは初めてだが
店員さんの対応が丁寧で親切だった。
計59冊で先日購入したプリンタの3分の2の値段がつく。
今年は3回にわたって本を処分した。

1度目は市立図書館の【読まなくなった本コーナー】へ
置いてきたところ、10分も経たないうちに自転車のカゴに
じかに、乱雑に入れて走り去るおじさんを見た。
断定はできないが近くの中古書店へ売却に行ったと思われる。
以後このやり方はするまいと思った。

2度目は、以前の職場の図書コーナーへ寄贈した。
これがいちばん効率がよいというか
読みたい人の手に渡るやり方だと思うが、
読書傾向が知れてしまうのがちょっと嫌だし
こいつは本ばかり買っているのかと思われるのも癪だし、
(↑そのとおりなのでありますが)
そうたびたび訪れるわけにもいかなくて
けっこう気を遣うのであります。

そして今回がブックオフ。
自宅から近いし、店の対応も気分がよいものだったので
今後はこれかな。

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短歌とちぎり絵

niwatori

出勤時のクルマの中でラジオをつけていると
聞き覚えのある住所につづいて父の名前が出てきて、
短歌が詠まれた。

冬ざれの 夜の海ゆく ヨットパレード …

下の句はわすれたが
クリスマスの電飾パレードを詠った内容になっていて、
「今月の特選」ということらしかった。
NHK-AMで放送されている中部朝一番の
文芸サロン-短歌のコーナー。
いろんなところに投稿しているもんだなあ。

仕事から帰ってきて夜の7時半ごろに小包が届いた。
こまごましたものの他に
ちぎり絵と年賀はがきが入れられていて、
さっそく仕事に取り掛かると1時間もしないうちに
母の年賀状はできてしまった。
自分のも作らないといけないな。

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カラープリンタ

canon

実家から電話が掛かってきて年賀状の印刷を依頼された。
昨年までは大したことのなかった枚数が、
今年は民生委員やら務めている関係で
とくべつに出す必要がある宛先が格段に増え、
手作業のちぎり絵ではまかなえなくなったのだという。
そんなわけで
年末の電器店へカラープリンタを物色にゆく。

年賀状シーズンなので箱積みが通路部分まではみ出ていて、
【台数限定】【特別価格】【年末まで】の文字がおどっている。
モノクロレーザは3台を買い換えてきたが、
カラーのインクジェットは、パソコンを初めて買った10年前に
導入したきりで、しかもそれほど使ったおぼえがない。
B4まで印刷できるモデルで798だったと思う。

今や当時より性能は格段に上がり、スキャナが付き、
デジカメから直接プリントができて、
いちばん手ごろなモデルで15000円ちょっと。
あーでもないこーでもないとエプソンとキャノンの前を
往復すること30分、
シンプルな機能の入門機種に決めて店員を呼んだら
在庫がないという。
この時期ですからねと言われ、他の機種はいかがですかと
薦められるものの一度決めたものは曲げたくない性分である。
展示品でいいからといって購入したのでありました。

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人権作文

cse
(↑新しいコンセントボックス)

斎藤美奈子著『文章読本さん江』を昨日読みおえて、
当初は巷に溢れる文章読本にツッコミをいれるだけの内容かと思っていたら
第Ⅲ章で作文教育の歴史を振り返るに至り、
少し退屈だなと感じながら読みすすめてゆくと
見事に背負い投げにあった。
こういう読書体験は久しぶり。

文章を書くとはどのような行為なのか。
あらためてそのことも考えさせられた。

10日ほど前の中日新聞に、全国中学生人権作文コンテスト
三重県大会の優秀作3篇が掲載されている。
いずれも原稿用紙5枚の力作であり、
それぞれの内容は次のとおり。
①障害者の父の生き様に学ぶ、
②祖母の差別しない優しさに感動する、
③部落差別について

このうち③は、
「ある日、私はとても仲の良い友達二人に部落出身だということを
打ち明けることができました」
ではじまる、よく練り上げられた文章である。
そして、内容ゆえに、書いた子の氏名はなく
「中学3年女子」と記載されているのみである。

彼女にとって普通の課題ではなかっただろうこの作文は、
よく書けているがゆえに賞を取り、新聞に掲載された。
しかし名前は伏せざるをえない(妥当な判断だと思う)。
べつに人に褒めてもらうために作文は書くわけじゃないけど
文章を書くとはどのような行為なのか、
心に引っかかりを覚えるのであります。

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忘年会

tree

昨日はオフィシャルの忘年会でした。
写真は二次会の会場にあったクリスマスツリーで、
光ファイバーが綺麗でした。
チューリップの「サボテンの花」の一曲しか
歌わなかったのに、
朝になると声がしゃがれてました。

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日進月歩

pen

tateさんがほぼ日手帳2005のオマケ・三色ボールペンの
使いやすさを褒めていた。
僕は2004のペンを使っていて、これはシャープペンシルと
赤・黒のボールペンの3つが、透明な軸の上半分を回すことで
順番に切り替わるもの。

このタイプはずっと前に持っていたことがあるが殆ど使わなかった。
専用のペンに対して使い心地がとてもわるくて、
字を書いていて安心感というのがおよそなかったからだ。

今回もオマケで付いてきて、前回の苦い記憶があったから
最初のうちは使わなかったのだけど、
ある日、いつも愛用のものがたまたま見あたらなかったとき
シャープペンシルを使ってみたら、これが良かったんですよ。
以来、座右のものを押しのけて愛用している。

モノの改良というのは地道にされているんだなあと感じ入った次第。
他に同様のことを感じたのはデジタルカメラの電池についてで、
35万画素時代に持っていたものは単3乾電池オンリーで
すぐに切れてしまった。
しかも電源スイッチを入れてからの待ち時間が長かった。
今年ログのため毎日のように使っている製品は400万画素だが、
画質のきれいさよりバッテリーのもちの良さに感心する。

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【じゅんさい】の謎

jun.jpg

家庭教師先でトムに根号√の計算を教えていると、
姉の【み】(高2)が2階から下りてきて
やおら広辞苑をめくりはじめた。

目的の頁を見つけると額をこすらんばかりに
目を近づけては、小首をかしげている。
次にパソコンの部屋に行き、何かやってると思ったら
再び戻ってきて「じゅんさい」って漢字でどう書くの?
と訊ねてきた。

明日は漢字テストらしい。
ワークの問題を解いていて、
分らなかったから解答を見たが
字が小さすぎて印刷がつぶれていたんだそうだ。

「じゅんさい」
 スイレン科の多年生水草。池沼に自生する。
 葉は小判形で下面は赤みをおび、長い葉柄がある。
 若い葉は粘液におおわれ、夏に紫紅色の花を開く。
 若芽は食用。(旺文社国語辞典)

「じゅんさい」ってそもそも漢字ってあったっけ。
分らない。「さい」は「菜」だろうけど「じゅん」の字は
見当もつかない。
家庭教師としてアイデンティティの危機である。
(↑大げさ)
プライドをかなぐり捨てて(というほどでもありませんが)
目玉焼きほどの大きさのルーペで広辞苑の該当箇所を
見てみると、たしかに小さくて見にくい。
ようやく判別できたのは上の左の字のほう。

これで一件落着と思っていたら甘かった。
確認のためにワードで漢字を出してみてサイズを
大きくしたところ、右の字が出た。
見れば分るように字の真ん中あたりが異なっている。
縦棒が下まで突き抜けるか、
それともカタカナの「ム」になっているかのちがいである。

WEBの辞書で調べると
じゅん‐さい【×蓴菜】とあり、
漢字の前に×があるのが気になる。
ひょっとして「ム」はパソコンならではの字体なのだろうか。
それとも正字異体字のちがい?
帰宅後に漢和辞典で引いてみたところ、
前者の突き抜けるタイプが載っているのが確認できた。
たぶんこちら(左)が正解なのだろう。
だれかこのあたりの事情をご存知の方いませんかね。

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誇りと楽しさ

sb101.jpg
(↑例の買い物がとどきました)

映画『コラテラル』ではトム・クルーズ演じる殺し屋ヴィンセントの
プロに徹するクールな仕事っぷりが恰好よかった。

コラテラルcollateral=事件の巻き添えになるタクシー運転手
マックスは夜のロサンゼルスを走りながら、
将来ハイヤー会社を興すことを夢見ているが、
夢のために何かアクションを取っているわけではない。

ヴィンセントは一晩で5人を殺す計画で、
マックスに運転手をさせながら、二人の密室空間。
殺し屋にしては不自然なくらい喋る。

2人、3人と殺しが進むにつれて
マックスはたまらなくなりヴィンセントに訊く。
「あんた、こんなことやってて楽しいのかよ」
それに対するヴィンセントの答えはこう。
「仕事は楽しいものではない。それはただやるべきことなのだ」

夜の街を走りながら交される二人の会話。
ハイヤー会社の夢を抱きつつも
何もとくべつな努力をしていないマックスに対して
ヴィンセントの言葉は現実的で痛いところを突いてくる。
連続殺人に付き合わされる非日常的なシチュエーションのなか、
マックスの深いところで徐々に変化が生じてくるのも
映画の見所の一つだった。

森博嗣の浮遊研究室】11/22・VOL154では
巻頭言にあたる「ご案内」で、
職人の仕事のしかたに関して書かれている。

黙々と、難しい顔で仕事をする。楽しそうではなく。
休憩時間をむかえるとすぐに仕事から離れ、
にこやかに談笑し、
区切りがもうちょっとだからと言って
休憩時間まで仕事をすることはない。
彼らに見出せるのは「楽しさ」ではなく、「誇り」である。
自分にそれができる、という仕事に対する誇りである。
                             (要約)

職人といったら「寝食をわすれて」系のイメージを
抱いていただけに意外だった。
文章の末尾は、
多くの人たちが自分の仕事に楽しさを見出そうとしているが
それは正しいことなんだろうかと結ばれ、
少し耳の痛い内容でもあった。

【誇り】と【楽しさ】。
二つが両立すれば言うことはないのだけど、以前と比べると
徐々に前者のほうへシフトしつつあるかもしれない自分を
発見したりもする。
楽しくもないけど逃げ出したくもないよなあ。

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焼肉屋のヨン様

pe.jpg

焼肉屋でプチ忘年会。
入り口近くの席に座り、ただならぬ雰囲気をふと感じて
見上げるとヨン様の等身大ポスターが目の前に。

「いつのまに食肉業界に進出したのだろう?」

そう思ってよく見てみると、
胸に両手をあてたヨン様は
「あなたに幸せを、ミラ」と微笑んでおられました。
ダイハツの関係者が貼っていったのでしょう。
常連さんなのかもしれません。

ヨン様の視線を始終感じながら
塩タン、カルビ、ホルモン、上ミノ、豚カルビ等を戴くのは、
じつに2004年の忘年会だなあという気がしました。

帰宅して旅行会社のパンフレットを眺めていると
「冬のソナタ春川・(チュンチョン)物語とグルメバイキング」
=旅行代金4,800円の文字が。

韓国がどうしてこんなに安いんだろう?と
まじまじ見ると謎が解けました。
正確には
「冬のソナタ春川・(チュンチョン)物語と
 ルネッサンス岐阜ホテルのグルメバイキング」。
酔っぱらいには当初色のちがう太線部が目に入らなかったというわけ。

ルネッサンス岐阜ホテルのある各務原市と
「冬のソナタ」ロケ地の春川市は姉妹都市で、
その提携1周年を記念したイベントを行うのだそうで、
目玉がなんと!
【ロケで使ったあのベンチがやって来る】
高校生時代に二人が雪ダルマを作ったときのベンチでしょうか。
他には、
①ロケ各所の再現展示→展示人物になりきって記念撮影を楽しめる
②「冬のソナタ」写真展
③ご当地グッズの販売
④春川市の名物料理ダッカルビの販売
とありました。

先日も来日して大フィーバー(←言い方が古いか)を
巻き起こしたヨン様。
はたして紅白には出るのでしょうか。
個人的には韓流ブームは今より大人しめでいいから
地道に長くつづいてほしいものです。

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33歳病

oboroduki.jpg

ほぼ日の【おとなの小論文教室】-本日更新分
面白いことが書いてあった。
世の中の人はすべからく33歳前後に悩むというのである。
え?この人が?というような人まで実は悩んでいて、
それを「33歳病」と呼ぶらしい。

就職して10年を過ぎるころ。それが33歳であり、
筆者のズーニーさんは次のように分析している。

同じことを10年続けていれば自分の中に何かが育つ。
自分の内に育ってしまった世界観が外の世界観とせめぎあうから、
たとえ自分のやりたかった職業に就いていて、
やりたかったテーマを追求できていても悩むのである。
これはその人が次の段階へと突き抜けていく前の
「胎動」ではないかと思う。(要約)

いつものように昼休みに、最初はふぅんと流して読んでいた。
自分には関係ないやと思ったからだ。
まさにその33歳を僕は過ごしているけれど、悩んでいるわけではない。
いや、全然悩んでいないわけではないけれど
胎動とか、内と外の世界観とか言われると少しちがう。

30歳を迎える前には悩んだ。
どのように三十路を迎えればいいのか皆目見当が付かなかったからだ。
就職して3年目には悩んだ。
とりあえず今はがまんして、
小学校の6年間を超えるだけの期間は居て、何かを掴みたいと思った。
20歳を迎える前にも悩んだ。
もっともその時期には誰しも悩むものですけど。

さんざ悩んできたし、その都度の対処もしてきたから
今の今、33歳の今に悩んでいることなんてとくにないよなあと
思っていたのだけれど。
そういえば33歳になってそれまでとちがうことを僕はしていると
気が付いた。
悩んだ末にはじめた…わけでもないけれど
考えてみればこのホシログこそ「33歳病」の発病形態の一種であると
言えないでもない。←二重否定=まわりくどい肯定。

そう思って友人知人を思い浮かべてみると
同い年ではけっこう思い当たる節があるし、
年長の方でも33歳の年齢のころに何かがあったのだろうと
想像できる方の何名かには思い当たる。

やはり10年というのは一つの区切りなのだろう。
僕には就職して10年というのが大きな区切りになっているけれど、
結婚して10年、子どもが生れて10年、環境が変わって10年。
さまざまな区切りを人は迎えてきたし、
これからも迎えつづけてゆくことだろう。
その周期が10年でありつづける保証はないが
僕には、「33歳病」と同じ文脈で42歳を迎えているであろう
一人の方が思い浮かぶ。
現在の心境を年末にお伺いしたいものです。
(最後はちょっと私信めいて)

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達人とは

techo.jpg

ほぼ日手帳2005が届いた。
いま使っているのが革カバーなので、今年は本体のみの注文である。
ほぼ日手帳を使うのはこれで4冊目であるが、初期のものと比べると
ツクリが格段に良くなっている。毎年のマイナーチェンジも楽しく、
今年はボールペンの他に下敷きがオマケに付いていたりする。
ところで写真で【HOBONICHI TECHO 2005】と映っているのは
パッケージのダンボール箱の一部なのだけど、
TECHOと書くとTECHNO(テクノ)と紛らわしいですね。

森博嗣初の絵本『星の玉子さま』を探しているのだが
なかなか見つからない。近辺の書店に並ぶのはもう少し先のことなのか。
こういうときはネットで注文すれば早いのだろうが、
いまだに用もないのにふらふらと書店に行って、本の背表紙を眺め、
立ち読みをするのが好きなのでネット注文を利用することは殆どない。

森博嗣には「浮遊研究室」と「浮遊工作室」というまぎらわしい
二つのHPがあり、
「浮遊研究室」はWEBダ・ヴィンチのコンテンツであり毎週月曜更新。
「浮遊工作室」は不定期更新で、
庭園鉄道の趣味が詳しく載せられるのはこっちのほう。

少し前(10/4・vol147)の「浮遊研究室」に載っていた【職業病】と
いうタイトルの文が、どうにも頭にのこっているので今日はそれを紹介。
(*バックナンバはリンク先HPの左上バーから探してください)
浮遊研究室のメンバが次々と、興味の趣くままに旬の話題、
マニアックな話題についてお茶を飲みながら議論というほどでもなく、
会話を交わすという設定で書かれている連載は、
内容は重くないが物事を見る角度という点で面白い。

【職業病】では、
>職業につき始めた頃はそうなんだよね。なにを見てもその方向へ頭が回る。
>やっぱり、その「なにかで頭がいっぱい」っていう状態が、そもそも初心者か、
 あるいはアマチュア特有の傾向みたいだね。
というくだりがあって、
これにあてはめると、何事にも熱中してしまうとそれ以外に
気が回らなくなってしまう僕は完全なアマチュア気質ということになる。
それでどこが悪いのだ?と開き直りたくもなるが、
たしかに達人というのはもっと自然体で、
むしろ自分の専門でない分野にアンテナを張って
滋養を得るように心がけているのかもしれないですね。

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大学祭へ行く

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(↑ケルト音楽サークルの屋台)

卒業して以来初めてM大学祭に行ってきました。
大学祭探検隊のメンバーはkauさんとさぁらと僕の3名で、
お酒を飲むので近鉄電車を使いました。

【食べたもの】
たません、コロッケ、焼き鳥(炭火焼)、つくね、焼きソバ、
スープ餃子、手羽先、軟骨の唐揚げ、春巻、ミネストローネ、
塩ちゃんこ、ジャンボたこ焼き(野球のボール大)、
プリン・ア・乱・モード、コーヒーゼリー

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(↑「たません」とか「たこせん」を初めて知る)

【飲んだもの】
ビール(発泡酒)、チューハイ、白酒、ウィスキー、杏子酒
コーヒー、烏龍茶

【入った店など】
①漫画研究会の同人誌即売会
 開催は明日のみで今日はまだ準備中でした。

②水族館
 生物資源学部校舎の1階にありました。
 鳥羽水族館協力の本格的なものでした。
 金魚すくいが入口付近にあり賑わっていました。
gakusai3.jpg

③オカマバー
 十字校舎3階にありました。
 真昼なのにカーテンで閉め切ってダークな雰囲気の中、
 院を卒業して今は社会人をされておられるという
 源氏名を「ピーチ桃子」さんとおっしゃるOBの方に
 同席していただき、僕たちも実はゲイバーに勤めていて
 今日は優秀そうな子をスカウトに来たんだという
 まことしやかな?作り話をして楽しみました。
 写真は撮ったのですがとてもここには掲載できません。

④ジャズ喫茶(吹奏楽部)
 十字校舎1階にありました。
 40分演奏、20分休憩のタイムスケジュールで
 映画「スウィングガールズ」の影響もあるのか
 いつ行っても満員で入れず、諦めかけた午後3時ごろの
 回でようやく席に着くことができました。
 「A列車で行こう」ほか全5曲の迫力ある生演奏。
 ここでもOBが大活躍で各楽器のソロは聴き応えがありました。
gakusai4.jpg

⑤お昼寝
 これだけ食べて飲んで歩けば眠くなるのは人間の道理です。
 献血をすればベッドで横になれると思ったのですが
 当然のことながらお酒を飲んでいる人は断られたので、
 芝生の上で半時間くらい寝ました。

⑥その他
 ゼミのある校舎の入り口が自動ドアになり、IDカードを
 差し込む仕組みになっていました。
 昔よくお世話になったその横の窓も鍵が掛けられていて
 入れませんでした。

11月とは思えない陽気の中、探検隊はじゅうぶんに楽しみ
5時の電車で帰途に着いたのでした。

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修羅場の経験2

tyuugoku.jpg
(↑普門館の翌日は国立博物館へ)

「ニート」という言葉を知る
「Not Education,employment or Training」の
頭文字(NEET)からの造語で、
「教育・雇用・職業訓練のどの活動にも属していない」という
意味らしい。
より卑近な言い方では、
「働きたいが職探しはしていない状態、働くことに希望が
持てない若者」となる。

ニートはいくつかのタイプに分けられるという。
識者の分類を以下に示す。
①ヤンキー型
 反社会的で享楽的。「今が楽しければいい」というタイプ
②ひきこもり型
 社会との関係を築けず、こもってしまうタイプ
③立ちすくみ型
 就職を前に考え込んでしまい、行き詰ってしまうタイプ
④つまずき型
 いったんは就職したものの早々に辞め、自信を喪失したタイプ

別の識者は原因を次のように分析する。
A.経済状況・産業構造の問題【主に年齢のミスマッチ】
B.技術・技能の問題【スキルのミスマッチ】
C.希望するものがない・何をしたいのか分からない【こころのミスマッチ】

名前をつけてしまっていいのかな?と思う。
名称をつけ、分類してしまうと居場所ができてしまう。
社会にとっては一つの不穏な状態を説明する言葉を造ることで
納得できるメリットがあるのだが、
こうした問題を抱えているのは自分ひとりじゃないんだという認識が
当人に芽生えたとして、はたしてよい方向に繋がってゆくものだろうか。

最近の学生は適職信仰が強いと聞く。
自分に適した職業があるはずだと固く信じているのだそうだ。
これらをさぁらと話していて、
「適職ってやりたい仕事じゃなくて、実際にやってみて
できる仕事のことだよね」というシンプルな結論に至った。

修羅場とは「結果を出すことが求められる場」のことである。
社会に出ることを望まない、あるいは一歩が踏み出せない人たちは
とても勿体無いことをしていると思う。
とにかくやってみないと始まらない。

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普門館健闘、そして地震

humonkan.jpg
(↑表彰式)

緊張していたのだろうな。
難しいと言っていた課題曲の出だしでトランペットの音が
今ひとつ頼りなかった。
東海大会のときの演奏とはちがうかなと感じながら
聴いていると、中盤の強奏で音が揃ったのをきっかけに
以後は調子を取り戻したようで、
つづく自由曲の「ミス・サイゴン」はこれまで4回聴いた中で
最高の出来映えだった。
結果は銀賞。金賞にはあと一歩及ばなかったけれど
いい演奏だった。

全日本吹奏楽コンクール中学の部は前後半に分れていて、
トムたちは午後の部の3校目。東海代表の看板をしょって
よく健闘したわけである。
午前は15校、午後は14校が演奏し、
それぞれに成績発表と表彰が行われる。
トムたちの演奏後はいっぺんに眠くなってしまったけれど、
それでも最後に演奏する中国代表出雲市立第一中学校は
すごいらしいよと聞いていたので、居ずまいを正して備えた。

白いジャケットに身を包んだ彼らが舞台上の配置につく。
さあ照明が明るくなってこれから…というタイミングで
座席が揺れる。
5時56分、地震?という声があちこちで起きる。
しばらくの間、座席が横に揺れている。
ホールの天井に取り付けられたシンバルの形状をした
反響板が落ちてこないか心配になった。

揺れが収まると出雲一中のメンバは舞台上の安全が
確認できるまでいったんは舞台ソデに退場する。
もうしばらくお待ちくださいといったアナウンスの直後に
2回目の揺れが起こった。
どうなることかと思ったがその後30分遅れで行われた
演奏は前評判どおりすばらしいものだった。
自由曲の「コンサートバンドとジャズアンサンブルのための
ラプソディー」ではエレキベースも登場して、
精一杯ではなくて余裕を持って音楽を楽しんでいる
スウィングした演奏を楽しませてもらった。

新宿で夕食後、ホテルに向うと東京タワーが見える筈の
高層ホテルなのに宿泊階は2階。
なんだ、これでは夜景がぜんぜん見えないじゃんと言いながら
つけたテレビで新潟のニュースを知った。

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修羅場の経験

bunkasai.jpg
(↑文化祭の出品をしてきました。
  これは幼稚園児の作品です)

今週のほぼ日では読んでしばらく頭から離れない
エピソードがあった。
ポンペイの古代遺跡を発掘している青柳正規教授が
糸井重里氏を聞き手にして、2001年に話した大長編の
内容を3回にダイジェストしたアーカイヴ企画の第2回。

青柳教授は高校時代は硬式野球をしていて、一年上の
先輩は東大に入ると腕を見込まれて野球部から誘いの
声が掛かったそうだ。
青柳教授はならば自分も、と意気込むが東大に入ったものの
誘いは掛からず、すねて山岳部に入ってしまう。それはさておき。

一年上の先輩は傑出した能力を具えていたのだろう、
大学を卒業するとプロ野球に進んだ。
が、しかしプロの世界で成功したとはいえないまま
選手生活を終え、現在はコーチをしている。
その先輩が選手を辞めるときにつくづくと言っていた
台詞があるのだという。
そのまま引用する。

自分は、筋力や瞬発力では、
まわりの選手にも劣らないことはわかった。
でも自分がプロ野球で成功できなかったのは、
ほかのヤツらが、野球エリートとして、
小学校くらいから全国大会とか県大会とかの
修羅場ばかりくぐってきたからなんだろうなあ

先輩には幼少の頃からの修羅場の経験はなかったそうである。
逆に言えば、筋力や瞬発力で劣っていても
経験の積み方次第ではトータルで上回ることができるということ。
これより詳しくはほぼ日の本文を読んでください。

しみじみ考えてみた。
僕が能力をもっている分野と、修羅場の経験を積んできた分野とは
重なっているだろうか。
もし重なっていないなら、地道に経験を積んできた分野のほうが、
人より少しばかり恵まれた能力に胡坐をかいてきただけの分野よりも
今では優れてはいないだろうか。
とはいうものの自身がくぐってきた修羅場とは何かとあらためて
聞かれると、具体的にこれとは言い難くもあり、
たしかにどこかで修羅場ってきた記憶はあるものの、
あれらは一つのカテゴリーにはなかなか当てはめにくいものだな。

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ネット心中の狡さ

tomiko.jpg
(↑市松トミ子と見ザル聞かザル言わザル)

ネット心中は狡いと思う。
進学や就職やその他の悩みを抱えて
生きてゆくのが厭になった不特定多数の男女が、
インターネットサイトで知り合い
クルマと煉炭と睡眠薬を用意し、
すぐに発見されないよう人里はなれた場所まで行き、
密閉した車内で煉炭を焚き、睡眠薬で眠るように死んでゆく。
このまま生きていても仕方ないと思った彼らは、
生きてゆくつらさとは向き合ったかもしれないが、
しかし死とじゅうぶんに向き合いはしたのだろうか。

ネット心中は2002年から数えて約30件が起きているという。
報道されない場合もあるといい、実際の件数はこれよりかなり
多いと推測されている。
この種のニュースを聞くたび嫌な思いに囚われるのは何故だろう。

「世の中が嫌だと思ったならこんなに簡単に死ぬことができるんだよ。
しかも一人じゃないから寂しくないし」

死人のそうした誘いが聞えるからだろうか。

こう言うと語弊があるかもしれないが、
僕は自殺を必ずしも悪いことだとは考えていない。
死ときちんと向き合った結果の選択であれば尊重したい。
けれどもネット心中のように、ゲームのように、まるでままごとみたいに
皆で死なれたニュースを聞かされると数日は、
自分を含めた生きているすべての命が冒瀆されたように感じてしまう。
彼らは考えもしなかっただろうけど、
自らの命を粗末にするということは
生きとし生けるものすべての命を粗末にするのと同じなのだ。

後ろ足で泥を掛けられて文句を言おうとしても、
相手はもはや声の届かないところに逃げてしまっている。
気分穏やかにいられない。

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朝ぼらけのときわ荘

yakiniku.jpg

大学時の友人6名が集まり、津で恒例の宴会。
会場は鳥居町にある官舎の一室。
(いつもありがとうございます)
メニューはいつもKシェフが企画し、
今回は韓国風焼肉である。
焼けた肉をチシャの葉の上に乗せ、
コチュジャンと白ネギを加えて巻いて戴く。
美味。

この宴会では、皆は無理に帰宅せず、
(飲んでいるし、遠方からの人もいるからね)
そのまま夜は雑魚寝し、朝は焼き立てのパンを戴き、
榊原温泉に行ってから解散するのが通例になっている。
久しぶりに顔を合わせるメンバとの話に興じ、
お酒がいつもより進んだ僕はどうやら早くに
寝入ってしまったようで、翌朝5時に目が覚めると
それ以上はもう眠れなかった。

皆が起きだしてくるまでにはあと2時間はあるだろう。
外は白みはじめているが、室内で何か読むには
まだ暗い。
そこで散歩に出ることにした。
最初は無目的だったのだけど、半時間も歩いて
頭がすっきりしてくると、自然と足の向かう先は決った。

津新町方向への進路を180度折り返し、
県庁の横を通り過ぎる。
津駅前に差し掛かり、学生時にアルバイトをしていた
居酒屋が無くなっていて、ミニミニの取扱物件に
なっていることを知る。

上浜通りを歩く。
夜中の2時3時まで駅前でカラオケに興じたあと、
数人で道いっぱいに広がって何度も歩いた道だ。
区画整理事業で、通りの一部は旧い町並みが取り壊され、
新しく宅地造成が行われている最中である。
更地になった、だだっ広い土の黄色さが目立つ。

懐かしい店構えもある。
村田酒店、カレーハウス桃栗亭、おもちゃのヤハシ。
野菜が安かったスーパー倉正は既に無くなって久しく、
アパートとその駐車場となっているのを見つけた。
新しい建物を見ると、以前はそこに何があったっけと
思う。あの頃、僕は何を見ていただろう。

ときわ荘はまだ姿をとどめていたが、
昨晩聞いた話のとおり人気は感じられず、
回り込んでみると電気メータの大部分が取り外されていた。
今はもう住人はいないのだろう。
春先にはあった「入居者募集」の看板も撤去されていた。

すぐに壊されるふうにも見えなかったが
時の移り変わりをつよく感じ、
早朝の散歩の帰路は行きより足どりが重く、
それは歩き疲れたせいばかりでもなかった。

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地震あり

jisinari.jpg

夜7時8分ごろ地震がありました。
風呂も入ったし、さあて夕食のカレーを食べるかと
台所から食卓へ皿を運んでいたときのこと。

けっこうな横揺れで、鉄筋コンクリートは頑丈とはいえ
4階の揺れはなかなかのもの。
揺れている時間はとても長く感じられ、
東海大地震が来たのかーとちょっと恐かったです。

その後の報道によれば当地の震度は4。
阪神淡路大震災のときは、アパートの1階だったけど
明け方にどーんと壁が揺れました。
今回のウチの被害はパソコンの上から猫のフィギュアが
落ちてきたことくらい。

台風が近づいているから注意しなきゃな、と思っていた
矢先の地震でした。
風呂入ってるときじゃなくてよかったです。
皆さんのところは大丈夫でしたか。

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知られざる過去

kaisoutyuu.jpg
(↑どうしたんだろう、マイカルの食堂街)

虫が知らせたのだろうか。
一昨日、マイカルで映画を見たあと、玩具売場を
のぞいていてふと、高校で下宿をしていた先の
おばさんのことを思い出したのだった。

当時、近所に住んでいたおばさんの孫の誕生会に
招かれた僕は、小さな女の子が喜びそうな人形を
プレゼントに買ってゆくと、ひじょうに喜ばれたけれど
高校生の小遣いからじゃ気の毒だからといって、
相当分のお金を返してもらった。
そのおばさんが亡くなったと実家からの電話で知り、
今日は伊勢まで通夜に行ってきた。

下宿当時、元気だったおじさんは10年と少し前に
既に亡くなっているが、
本来が下宿屋でないこの家に僕がお世話になったのは、
おじさんが、就職した父の初めての上司だったという
事情による。
まだ独身だった父は、その家の長男の家庭教師を
頼まれ、しばしば食事もご馳走になったと聞いた。

父は明日の葬儀に出るというので、おふくろと某所で
待ち合わせて、17年前の下宿先であるその家に
向ったのだが、交差点を一つ曲り二つ曲りしているうちに、
自転車で走り回った当時のことが少しずつ思い出されて
きたのだけれど、自転車とクルマでは視座が異なるせいか、
細部については、まるで今日の天気のように薄暗く
曇っていて晴れなかった。

家の居間には祭壇が拵えてあり、幕が張られていたので
雰囲気はずいぶんちがっていたが、それでも全体の間取りや
裏庭があることなど思い出すことができた。
そりゃそうだ。おばさんが腰をわるくして入院するまでの
1年半を住まわせてもらっていたんだものな。

喪主の長男の○○さんには『超人ロック』などのマンガを
よく貸してもらったが、今は50歳くらいで、そうすると当時は
今の僕とほぼ同じ年齢だったのだなあと思いながら
話をしていると、
「君の父さんには家庭教師で世話になったよ。ワインを
飲みながら教えてくれたことをよく覚えているな」という
発言が出て、これにはおふくろも意外だという顔をしていた。
今は下戸を決め込んでいる父にも、昔は知られざる一面が
あったようである。

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実用的でない

bukiyou.jpg

オリンピックに興味のない人は知らないでしょうが
女子レスリングに浜口京子という選手がいます。
父親は元プロレスラーのアニマル浜口氏で、
京子選手が13歳のときからいつも横にいて
レスリングを教え込んできたそうです。
試合は昨夜行われましたが、アニマル浜口氏の
リングサイドでの応援ぶりというか昂奮ぶりは
かなり派手で目立つものでした。

惜しくも銅メダルに終わった浜口選手のことが
職場で話題に出たとき、僕も自らの父親のことを
少し念頭に置きながら、「あんな父親がいたら
子どもは大変だらうな」と感想を述べると、
二児のパパである上司がいつもとはちがう表情を
作りながら「あれはあれでいいんだよ」とフッと言った
のは印象的でした。
きっと親の気持ちは親にならないと分らないのでせう。

仕事帰りにスーパーで買い物。
賞味期限が迫って半額になったモクモクのベーコンとか、
卵やチーズや餃子や野菜をカゴに入れてレジを済ませると、
いつもここで逡巡します。
なぜなら、買い物カゴには重いもの軽いもの、大きなもの
小さなものが混在していて、それらをレジでもらった袋に
どのように入れれば効率がよいかと迷うからです。

だって☆は彫刻とかするくらいだから空間把握能力には
優れていて、そんなことはお茶の子さいさいなのじゃ
ないの?という声が聞こえてきそうですが、
苦手なものは苦手、迷うものは迷うのです。

というか、僕のもつ性質にはあまり【実用的】という形容が
あてはまらないことが多いようです。
木彫りにしても、さぁらは僕にどうにかして実用的な
本棚とか靴箱とかを作らせたがっているようで、
今のところは「将来、工作室ができたらね」と躱していますが、
本当は、誰に気兼ねすることなく大物工作にチャレンジできる
環境が整っても今のようなものをちまちまと作りつづけるような、
そちらのほうが性に合っているような気がします。

実用的なものって世間に沢山あるから、僕がわざわざ
作らなくてもと思うからでしょうか。

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等身大の隣の国

manekineko.jpg
(↑先日の招き猫/
  もしやと思って逆から見たら、やっぱり両面に顔があった)

友だちの友だちにあたる、僕自身は一面識もないのだけれど、
現在韓国で暮らしている女の子のブログが面白いので
よく読ませてもらっている。
タイトルは【アツくクールに韓国ライフ】。

ドラマ「冬のソナタ」でいっぺんに近くなったお隣の国、
韓国について、気どらず、その地で生活する者の視点で
切り取った毎回のエピソードは、実に気が利いていて
読みやすく分りやすい。

韓国ドラマの必須アイテムの一つ【交通事故】を取り上げた
韓ドラがよく事故るわけ」や、
【一般】と【模範】の2種類があるというタクシーの乗車
テクニックについて触れた「ソウル流タクシーのたしなみ方」など、
目から鱗が落ちるほど派手な話じゃないけど、
作者が感じた小さな感動や驚きが、人柄とともに伝わってくる。

最新の「教育も熱く激しくたくましく」を読み、刺激を受けたので、
ここはいっちょ僕も【学歴】について思うところを書いてみたい
気分になったのだけど、また日をあらためて。

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ビューティフル

inaho040809.jpg

早いところは先週末からお盆休みに入ったみたいでさ、
一昨日や昨日なんかは土日だから
夜に窓を開けてると、近所の盆踊りの音が聞こえてきてたよ。

例年だとお盆が過ぎてからの稲刈りも、
今年は梅雨の時期に雨が全然降らなかったからなのかな。
ずいぶんと稲の生育がいいみたいで、
軒並みいつもより1週間ばかり早く刈ってしまう
スケジュールだって言ってた。

同じ市内でも南と北では気候に差があるから、
今日、仕事でクルマを走らせてた南の地域では
熱い日差しを受けながら刈入れに動くコンバインの姿が
もうすでに幾つか見られたっけ。
いい具合に色づいた稲穂が頭を垂れて、
風に揺れる姿はまるで黄金のたてがみが揺れるようだった。
きっと夕焼けには映えるだろうな。

夕焼けって言えばさ、これまで見たなかで
いちばん美しい夕焼けの話をしてもいいかな。
僕はちゃんとそれを覚えているんだ。

実家の親戚が真珠養殖をやっていてさ、
夏休みになると弁当持参で
よく仕事場の筏(いかだ)まで連れってもらって、
一日中、釣り糸を垂れていたもんさ。

あれはいつものように船着場まで帰る夕方のことだったな。
海から見る夕焼けはいつもきれいだけど、
その日はまったくちがってた。
空は絵の具箱からあらゆる色を引っ張り出して
塗りたくったように色彩に満ちていて、
空だけでは収まりきらなくなった色は海面に反射して、
映し鏡のように山の緑を取り囲んでた。
ずっと眺めていると気がちがってしまいそうなくらい綺麗だった。

この世のすべての色がそこに集まったような
荒々しい原色の空。
一つ一つの色が混じりあい溶けあっているんだけど
それでいて濁りがまったく感じられなくて、
そこには足りないものなんて何もなかった。
僕はしっかり瞼を開きながら、この光景は
いつまでも忘れられないものになるだろうと感じた。
絵にも表わせないし、言葉ではもちろん言い尽くせない。
記憶に焼きつけることすらできないほど
見たことのない空だったけど、
大事なのはそれを僕が見たってことなんだ。

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ビバ!めがねっ子

cinemaset.jpg  
(↑製作中の映画のセット・散歩の途中にて)

世の中にはめがねにグッときちゃう属性の人間が少なからず
存在するのだそうだ。(byヨロズカフェ
何を隠そう、僕もその一人で、と言ってもめがねを掛けた異性に
特別な魅力を感じるのではなくて、
自分もめがねを掛けたかったな。掛けていれば人生変っていた
かもしれないな、という憧れにも似た感情を抱いているのである。

小学2年のとき、クラスのマーくんが黒ブチめがねを掛けて登校
した。同級生の中では初めてめがねを掛けたマーくんの顔は、
ずいぶんと大人びて見えた。
彼は最初こそ恥ずかしそうにしていたが、休み時間には珍しさで
皆が寄って集って取り囲み、それまでパッとしなかった彼は一躍
人気者になって、それも羨ましかった。

学年が上がるにつれて、一人、また一人とめがねを掛ける
同級生は増えてゆき、彼らの顔は例外なく、めがねを掛ける
前より締りが生まれ、知的な雰囲気がただよい、
相変わらず視力2.0のままの僕は彼らに置いていかれる気がした。

6年になると、ノブちゃんが本邦初の銀ブチめがねを掛けて
めがねっ子デビューを果たした。黒ブチとは異彩をはなつクール・
ビューティーな魅力に、僕はほうと溜め息をついたものだ。
ああ、僕もめがねを掛けたい。けれども視力が落ちない。
でもめがねを掛けたい。

てなわけで、めがねを掛けた異性に特別に惹かれたことは
ないのだけれど、クラスで鼻血を出した子が手厚く看護を受ける
のを見ていたときと同じ理由で、羨ましく、妬ましかった。
(ちびまる子ちゃんにそんなエピソードがありましたね)
だって僕は鼻血も出ないし、視力もわるくならなかったんだもの。

その後、中学、高校と進み、大学を経て社会人になるが、
めがねでなくコンタクトレンズを使用しているという人に会うと、
不思議でたまらない。
どーして? めがねのほうが格好いーのに。
まあでも、そのあたりは未だに視力1.5の僕には分らない
事情があるのだろう。

視力がわるくなくても、ダテめがねを掛けるテがあるじゃない。
あなたはそう言うかもしれない。
しかし駄目なのである。
正直、ダテめがねを掛けてみようかと考えたことは何度かある。
しかしそのたび、めがねのフレームで視界が切り取られてしまう
ことによって、それまで見えていた世界の一部を僕は喪ってしまって、
二度と取り戻せなくなってしまうんじゃないか、と懼れてしまう。

だから今は老眼鏡が最初で最後のチャンスだと待ち遠しく思っている。
めがねを掛けた状態で、フレームをつまみ、レンズを【きらーん】と
光らせるあの仕草を、人として生れたからにはいつかはやってみたい。

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工作系

kousakukei.jpg

今は借家住まいだけれど、
いつの日か建てるであろうマイホームには
二つの欠かせないプランがある。

一つはオーディオルームで、構造はできれば
半地下が望ましい。夜中でも等身大の音量で、
ご近所さんに遠慮なく楽しめるように。
もう一つは小さくてもいいから作業小屋を作ること。
ここでは主に木工をすることになると思う。

森博嗣というミステリ作家がいて、本業は大学教員であり、
M大工学部で助手をしていたこともあるらしいと風の噂で
知ってはいたものの、
それだけでは彼の本を読んでみようという決め手には欠け、
ようやく手にした初めての一冊は『アンチハウス』という、
自宅ガレージ建設の顛末をまとめたドキュメンタリータッチの
本だった。

初めて読む森博嗣の本として適切だとは言えないものの、
そして内容もそれほど面白いとは感じなかったものの、
読後に妙な引っ掛かりがあって、ならば小説を試してみようと
すべてがFになる』を読んでみたら、あとは止まらなくなった。

犀川&萌絵シリーズも、瀬在丸紅子のVシリーズも風のように
読んで、四季の4冊こそ分りにくかったけれど、まあムードで
読まされてしまった。
理系人とはこういう人種であるものか、という新鮮な発見があった。

で、いま読み終えたばかりなのが『工作少年の日々』である。
自宅敷地に庭園鉄道を張り巡らして遊ぶモリヒロシ、
ラジコン飛行機を作って飛ばすモリヒロシ、
散らかし放題で奥さんには弱いモリヒロシの姿が、
駄洒落と成り行き任せに満ちた(ように見える)文体で語られる
著者初の本格エッセイ集となっている。

かつての日本家屋には土間や納屋があって、作業スペースとして
機能していたのに現在は失われてしまったという指摘や、
散らかし放題で工作していた昔のほうが、整理整頓を身に付けた
現在より生産性自体においては優れていたという発見とか、
忙しい忙しいと言う人ほど…とか。
肯かされるところと励まされるところ多し。

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夏はスイカバー

suikaba.jpg

仕事先から職場に戻る車を運転中、信号待ちをしていて
何げに横を見たら、軽トラックのアンちゃんがロッテの
スイカバーを食べていた。
「アッ、アレはスイカバー! しかも単体で売ってるヤツだッ」

そうなのである。
スイカバーには2種類あって、通常スーパーで売られている
6本入のものは、「スイカバー」と「メロンバー」が3本ずつ
入っている。
そして主にコンビニで売られているのが、単体1本売りの
スイカバーである。
6本入の前者が300円、1本売りの後者が100円なので
当然のことながら1本売りのほうが大きい。
まさに軽トラのアンちゃんがペロペロしているのは1本売りの
大きなスイカバーなのだった。

僕は自宅用には6本入を買うことがほとんどなのだが、
メロンバーは、はっきり言ってスイカバーの美味しさには
遠く及ばない。
この世にメロンバーしかないとなれば、考慮の余地は
無きにしも非ずだけれど、スイカバーとメロンバーの
それぞれが一本立ちできる実力を持っているならば、
当然、メロンバーの1本売りがあって然るべきである。
なのにないという事実は、メロンバーがスイカバーに
寄り掛かってしか商品として成り立ちゆかないことを
証明してはいないだろうか。

いっそのこと6本入をスイカバーだけにした仕様が発売
できないのだろうか。その点についても考えてみた。
日本中の各家庭において、メロンバーを誰が食べるのか
という命題は、結構な比率で家庭争議の元になっている
んじゃないか、とまで僕は想像するのだが、
相変わらず夏になるとパッケージの変更がされないままに
スイカ&メロンバーの形態で、あくまでも売られているのを
見ると、そこには何かしらの理由があるのにちがいない。

ロッテ社長の家族の中に、メロンバー大好きっ子がいて、

「おじいちゃん、僕、メロンバーが好きだよ。でも友だちは
皆、スイカバーのほうが好きだって言うんだ。メロンバー
なんてなくなっちゃえばいいって。おじいちゃん、そんな
悲しいことにならないよね」(目がうるうる)

「ああ、ワシがいるあいだは大丈夫じゃ。お前の好物を
なくしたりするもんか。そうじゃ、退任するときにも条件として
【メロンバーを永遠に保存し後世まで伝えること】という
一文をのこしておこう…」(よしよし孫よ、と頭をなでる)

こんなやり取りがあったんじゃないかと、
僕は今のところそんなバカな想像をしてるのだけれど、
ああスイカバーを食べたくなってきた。

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レコメンドする能力

kokugo2.jpg
(↑カツオのたたき)

昨夜は高校で国語を教えている友人と飲んでいて、
いま国語においてもっとも重要とされるべきは
レコメンドrecommendする能力
=不特定多数の誰かに、コレがいいよと紹介し、
推薦するスキルを磨くことではないかという話を聞いた。

夏休みの定番、読書感想文というものは
誰に読まれることを想定して書くかといえば、
友だちでも親でもない。学校の先生が読んで優劣を
判断するわけだから、そうは思うまいとしても、
ストレートに感じたことを書いては都合がわるい部分も
あるだろう。

【読書感想文】というものの定義もそもそも曖昧である。
適度なあらすじと、ツボを押さえた感想が有機的に
つながりをもって、「私はこの本からいかに感銘を
受けたか」という大団円になだれ込んでゆけば、
読み手である先生は満足するのだろうが、
あらすじはどこまで紹介すべきかとか、
書評のように書いてしまえば可愛気がなくなるから
いけないのか、とか悩みは尽きない。

そこで友人は、期末試験も終わったある日の時間を
使って、【夏休みに友だちに薦めたい本とその理由】
という課題を出したという。
皆(高1)が挙げてきた書名としては、
ハリー・ポッターシリーズ、「世界の中心で愛を叫ぶ」、
ドラマの原作本やノベライズが多かったそうである。

読書感想文だったらもう少し気取った本の選択に
なるだろうから、気安く、自分が読んで面白かった本に
ついて普段着の文章で友だちに薦めるというのは、
わりに新鮮な体験だったんじゃないかなと、
僕なんかは自分の高校時代を思い返してみてそう感じる。

評価という秤に掛けられるというのではなくて、
自分の推薦文を読んで、じゃあその本を面白そうだから
手に取ってみようかな、と目線の近しい友だちに思って
もらえる文章に求められる要素とは何だろうか。

①自分がそれを知り、読んでみようと思い立った理由・いきさつ。
②小説の場合、どのようなストーリーであるか。
 それ以外の評論、エッセイだったら、何がテーマであり、
 どのようなアプローチを著者は取っているか。
 ※あくまでこれから読む友だちに推薦するのだから
  ネタバレしてはいけない。
③②を充分に理解した上で、この本を読んだことで自分は
 どのような感銘を受けたか。楽しいときを過ごせたか。
 読む前の自分が、読んだあとではいかに変ったか。
この3つがあればいいかな。

本離れが進むと言われている中、評論家や偉い先生方が
自信と権威をもって薦めるよりも、
クラスメイトがどんな本を、どのように読んでいるかを知るほうが、
一冊でも多くの本を手に取る機会が増えるかもしれない。
ちょっと可愛い女の子や、カッコいい男の子が何を読んで
いるかなんて、自分の時計を高校生の時分に巻き戻すことが
できるなら知りたくなるじゃないですか。
なかなか面白い企画じゃないかと思った。

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話し言葉の森

morinimayou.jpg

どーも最近喋りすぎている。
今週末から旅行で長いめに休暇を取って、来週はまるまる
居ないので、連休が明けてからかつてないほど前だおしで
仕事を進めているのだけど、それにしても喋りすぎである。

もっと無口で口下手で朴訥とした人柄だった筈なのに(笑)、
何だか自分で自分が別人みたいである。
後頭部に小人が居て、まるでロボットアニメの操縦席に
座るように、僕は今操られているんじゃないか。
まあそれは大げさなんだけど。

仕事を遂行する上で調子よく喋れるのは、実に具合が
いいことであり、先方に不安や不信感を抱かせなくて済む。
でも一言めを切り出すまでは常にどきどきして緊張する。
うまく声が出なかったらどうしよう、
接続詞がつながらなかったらどうしよう、
話すべき内容を忘れてしまったらどうしよう。

先方と会う前には必ず、時間の許すかぎり準備する。
どのような話の運びになるかを幾通りにか予想して、
項目別に箇条書きに表してみる。
…これは前回の確認事項、それを受けての当方の回答、
さらに今回追加で出されるだろう質問と要望、そのうち、
出来るものと出来ないもの。出来ないものはその場で
断るべきものと、その場で断ってはまずいもの…

書いてゆけばキリがないが、本番で予期しない先方の
出方にうろたえて困るのは自分自身なので、こんなふうに
よい想像もわるい想像も均等に行う。
すべてのことは無駄にはならない、しない。
十分に自分のなかでシミュレーションを行うことは勿論だが、
直前には同僚、上司に筋書きを話して、内容を確認しつつ
最終的に練り上げてゆく。これがウォーミングアップになる。

こうしたことを日々続けていると、やはり身体が覚えて
しまうのだろう。不意打ちに厄介な難問、怪問が訪れても
それなりに対処できてしまうものである。

でもまだ本物じゃないから、調子よく喋っている自分に
気づいた途端、魔法が解けたようにギクシャクすることもある。
僕の中の誰が喋っているんだろうって考えだすと、まるで、
自転車の乗り方を練習している子どもが、後ろを支えていた
大人の手が離れたのを知った途端、せっかく乗れていたのに
こけてしまうのと同じである。
お喋りは罪悪であるという思いを僕はどこか抱いているので、
これを如何にクリアしてゆくかが、話し言葉の森のさらなる奥へ
分け入るキーになるのかな。

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如何に休むか

isetetudou.jpg

連休明けのお仕事は如何でしたか。
僕は5日間の休みがあったので、午前中はなかなか
調子が上がらないかもしれないと予想していましたが、
とくに休みボケといえる出来事も起きずに快調でした。
本日は、休みは如何にとるべきかについて考えてみます。

昔読んだバレエ漫画では、
「バレリーナは一日練習をしないと自分で分る。
二日練習をしないと仲間に分る。
三日練習をしないと観客に分る」
といってコーチが教え子を諭す場面がありました。
複数の漫画で目にしたことがあるので、たぶんほんとの
話なのかなと思います。

僕自身は中学のとき陸上部で長距離を走っていましたが、
そこでは1週間に1度は筋肉を完全に休養させたほうが
よいという理由で、日曜日が練習休みでした。
田舎の弱小陸上部だったから、ほんとうは指導の先生が
休みたかったのかもしれないけど、僕らにはそれくらいで
ちょうどよかったです。

同じグラウンドで練習する野球部は日曜日も関係なく
休みなしでやっていたけれど、陸上がつまるところ身体の
基礎能力についての効率を上げるための運動なのに対し、
野球はボールという媒介が入るために、ボールに慣れる
運動神経を鍛えるためだからかなと、そう考えてもみる
のですが、これは少々大雑把過ぎる気が自分でもします。

そういや文化系のクラブでもブラスバンドは【文化系の中の
体育会系】と称されるだけあって、練習熱心で、たらたらした
ところが皆無でとにかくタイヘンそうですが、これはやっぱり
前出のバレリーナのように聴く人が聴いたら音の揃い方に
如実に練習量は反映されて出てくるんでしょうか。

まあでも伸び盛りの子どもならいざ知らず、大人になると、
何かのプロにでもならないかぎり、学生のときみたいに
毎日そればかり一つのことに打ち込んでいられなくなってきます。
それに充てる日々の時間が多ければ多いほど、手に馴染んで、
自分のなかの回路が開発されて維持される感覚は心地よく、
何物にも代え難いものですが、日々のなかに必需品ではない
類いのこれらの時間を設けて埋め込んでゆこうとすると
かなりの労力が必要とされてくるでしょう。
でもそれがしんどいと分っていても、誰しもつづけたいことは
何かしら持っているのです。
あれ?今日は【如何に休むか】というタイトルなのに
【如何に続けるか】という内容に近くなってしまいました。
どちらも同じことなのかもしれませんが。

というわけでこのゴールデンウィーク中は彫刻に充てる時間を
久しぶりに長く取ることができました。
最初の二日ばかりは考えながら手を動かしている感覚がまだ
ありましたが、それを過ぎれば少々大胆なことを試みても、
手先の勘が働くからまず大きな失敗はしません。
約1年を要した弥勒像がいよいよ完成間近となり、明後日に
いちばん見てもらいたかった人のところへ届けてきます。
作業が追い込みなので今日はこのへんで。

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花は盛りを

technoderic.jpg

【懐かしのジャケット模写シリーズ】第4弾は
YMO「テクノデリック」。
(以下の本文内容とは関係ありません)
◇  ◇  ◇  ◇
昼休み、近鉄の線路沿いを歩いていると
脇を流れる水路に散りはじめた花びらが
一枚、二枚と浮んでいる。
今はまだ数えられるけれど来週になってしまえば
速い水流に飲み込まれたたくさんの花びらが、
浮ぶよりはるかに多く沈んでいるのが見えるだろうか。
この透明な水の底に。

鳥の声が聞える。
急いている気分を静めようと歩いているのに
午後からの段取りを考えてしまおうとするけど
もうしばらく歩いてみよう。
向うに見える踏切までは行けるはずだから。

この前、三分咲きを撮影した公園は
こんなあたたかな陽気でベンチもあるのに、
誰も弁当を広げている人がいないのは不思議だ。
満開を少し過ぎた木々を仰ぎ見ながら歩いていると、
道端に軽自動車が停車していて、中には人影が見える。
どうやら彼らだけがこの時間のお花見客のようだ。
夜になったらちがう顔を見せるのだろうか。
でも隣が墓地だしな、分んないな。

掘り返された未だ水の入らない田んぼの土は
格好の餌場なのだろう。ミミズか何かの小動物を
鳥がついばんで昼食にしている。
冬のあいだ丸まっていた猫は、首に紐をつけたまま
土の中を気ままに走り回っている。
飼い主は農作業姿で畦道に座っている。
猫は紐を引きずりながらあちこちを駆けている。

踏切の向う側にも散歩している人影が見える。
けれども僕はあそこまで行けない。今日は時間がない。
来週はもう少し遠くまで。

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地域の事情

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今日の写真は、昨日から唐突に始まった
【懐かしのジャケット模写シリーズ】第2弾で、
坂本龍一「音楽図鑑」(1984年発表)。
(ただし以下の本文内容とは関係ありません)
◇  ◇  ◇  ◇
上司は毎朝、新聞をじっくりと読み込む。
平日で1時間、休みの日だと2時間かけると
いうから大したものだ。
「夕刊は取っているんですか?」と訊いてみると、
「うん、でも夕刊はあまり読むところがないなあ。
文化欄には興味がないから」という返事だったので、
夕刊繋がりで取っておきの話を披露した。

夕刊は、僕の実家では翌日の朝刊といっしょに
届けられた。冗談のような本当の話である。
当時の純真で素直だった僕は、
それがなぜ夕刊と呼ばれているのかあまり
考えなくて、けれどもこれに載ってるテレビ欄って
昨日見た奴だよなあと少し訝しく思っていた程度。
高校の下宿先で、夕刊が夕方届けられるのを
初めて体験したときはカルチャーショックを受けた。
今はコンビニが2軒できたからたぶんちゃんと
夕刊は夕方に届いているんじゃないかと思う。

あと地域の風習として葬式の前に火葬場を済ませる。
これも自分の家が標準(スタンダード)だと思っていた
から、通常は逆だと聞いてすぐには理解できなかった。

【ええい、これも地域の事情エピソードに含めてしまえ】
幼稚園のとき親の仕事の関係で引っ越して
転入試験を受けたことがある。
園長先生が絵本を見せながら僕に出した問題は、
「信号機の青は進め、赤は止まれ。じゃあ黄色は?」
というもので、信号機に当時親しんでいなかった僕は
うまく答えられなかった。
ここにいれてもらえないのかなあとしんぱいしたぼくに
えんちょうせんせいはにっこりわらってきいろはもうすぐ
あかにかわりますっていうおしらせだからよいこは
とまればいいのよとおしえてくれた。

ちなみに小学校入学時に再び元のところへ引っ越して、
そこに初めての信号機が付いたのは3年生のとき。
学校で「渡り方を練習しておくように」と言われ、
もちろん下校時に見に行った。
まばらにしか車が通らない道路に新しく付けられた、
横断者がボタンを押す方式のその信号機を触るためには
少々の順番待ちをしなくてはならなかった。
さいごのこれには多少脚色が入っている、たぶん。

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煩悩を抱きしめて(2)

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雪国で受験を終えて乗り込んだ列車は混んでいた。
受験生とサラリーマンと普通の人々で
溢れかえる車内に、貧しい老婆がいた。
彼女の小さい身体は列車の揺れに従うほかなく、
狭い通路を左右によろめいていた。
席に座ったサラリーマンの一人は露骨に嫌な
顔を見せ、俺のほうに来るなといわんばかりに、
ふらついた老婆が支えを求めた手を振り払った。

これが15年前のことで、手応えに乏しい受験を
終えたばかりの僕はこんな考えに捕われた。
大人になるってことは、
生来は全方向に伸びている鋭敏な感性の棘を
ただ磨り減らしてゆくだけなんじゃないか、と。
なんかライ麦畑みたいだけどね。

青少年期にこうした考えを抱くのは
珍しいことでなく、
現代にかぎらないあらゆる場所に
同じ若者はいた筈だ。
なぜなら、ある面でそれは真実なのだから。
しかし真実イコール真理ではなく、つまり、
世界を支えるのは正しさばかりじゃない。

若者は自分の受ける教育について、
所属する小さな社会だけで過ごしている間は
疑問に思わないが、
外界に通じるドアに手が届く頃になると
実際に目にする社会と、学んできた事柄とが
あまりにかけ離れているので
その違い・ギャップに戸惑い、
無意識に怖れの感情を抱く。

多くは矛盾を感じながらも希望のほうが勝って
先へ進むけれども、稀にあまりに純粋すぎると
そこで立ち止まってしまい
一歩を踏み出せない場合がある。
テレビで見た、僕と同い年の元信者は
真理への到達に憧れて入信し修業に励んだが、
結果的に皆は教祖に騙されていたのであり、
現在の教団には魅力を感じないと述べた。

脱会した人々の発言を聞くと、
この人はまだ真理を求めているのだなと
言葉の端に感じる。
彼らが求める真理とはたぶん、
それがあれば悩みから解放され世界が拓ける
唯一の絶対的なものを指している。
しかし今世界で求められる真理とは、
数多くのちがった立場の人々が混じりあい
それぞれの個性をころさずに共に生きてゆける
智慧なのではないだろうか。
坂本龍一「CHASM(キャズム)」
制作姿勢のように。

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煩悩を抱きしめて(1)

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彼は暗い洞窟の壁に手を当て、
凹凸の形状を確かめながら進む。
人ひとりがやっと通れるだけの幅と高さ。
僕は彼の身体に入り込み、
頭のてっぺんから爪先まで同化する。
彼の見た闇が僕の眼に映る。
彼の聞いた音が僕の耳にひびく。
彼の感じた恐怖が僕の心によみがえる。
どうしてこんなに息苦しいのだろう。
どうしてこの人はこれ以上ない苦しい物語を
訥々と静かに話せるのだろう。

6年前、県の総合文化センター大ホールで
松本サリン事件被害者河野義行さんの話を聞いた。
氏は1994年に起った松本サリン事件の
第一通報者でありいろんな意味での被害者である。
事件当初は警察から容疑者扱いをされ、
マスコミからは自分でない自分の像を作られ、
鵜呑みにした一般市民からは嫌がらせを受けた。
そして奥さんは今も意識が戻らないままだ。

既に日本の各所で幾度もの講演を経験して
同じ内容を話してきたであろうにも関わらず、
河野さんは前に一度どこかで話したことを
繰り返しているわけではなかった。
実際にあの日に戻って記憶を辿り直し、
暗い洞窟の中を手探りで
どうにか出口を求めて進もうとしていた。
けっして上手い語りではなかったが、
話すことでしか自身は救われないと覚悟した
彼の声には伝えたいという意思が満ち、
聞く人を揺さぶり動かす力が備わっていた。

あの日以前にただ戻りたいというなら、
こんなに冷静に話せはしないだろう。
犯人たちをただ憎むなら、こうした場で
自己を剥き出しにする必要はないだろう。
きっと彼は、事件の渦中で人間不信に陥り、
しかし再び人を信じたくてそのためには
どうしなくてはならないかと自問自答したのち、
その場所へ辿り着いた。

河野さんのHPに載る最近の文章を読むと、
彼の関心は今も昔もオウムに向うものでなく、
何時でも暴力性に満ちた存在に変わり得る
顔の見えない<我ら>に向いていると分る。
この人の稀有なところは、自身もその中に
含まれると十分に自覚している点にあり、
こうしたメッセージを適確に受け取ることなく
死刑は当然だという直情的な論調ばかりに
呑まれてしまっていいものかな。

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蜜柑の小説

mikan.jpg

聞いた話だが女性ばかりの職場でディズニー映画
「ファインディング・ニモ」の話をしていたら、
「煮物映画って何?」と聞いた人がいたそうな。
かくいう僕も最初は「ファイティング・ニモ」と
間違えていたから、人のことはとやかく言えない。

聞き間違いというのは、
耳から入った音声の連なりが
カタカナから漢字に変換される過程で生じる
ミスのことである。
この脳内変換ソフトは、個々の育ってきた環境や
現在の生活習慣が大きく関わって動いている。
前出の女性はふだんから煮物に関心があって
そう聞えたのだろうし、僕の間違いは
迷子の息子ニモを父親が「探す」話だと知らず、
外界で迷子になったニモが元の場所に戻るため
「闘う」映画だと勝手に想像していたため起きた。

先日のモクモク行で「蜜柑の小説」が話題になった。
>蜜柑の小説って何だろう?
>『檸檬』なら梶井基次郎だけど。
そう思って聞き返してみると
実は「未完の小説」と言っていた。
ミカンと入力すると漢字変換の優先順位として
蜜柑が第1位にくるのは出身地の特産物だからか。

未完の小説とは、
昨年10月27日に始まり12月25日に途絶えた
交換リレー小説のことを指している。
月彦君とアロエちゃんの恋愛小説をめざして
当初書きはじめられたが、<石曜日>なる
特別なゆとりの曜日を日本独自に制定してから
話はSFになったり、ファンタジーが混じったり。
ちなみにアロエちゃんの弟の名はサボテン。

800~1千字の分量(新聞小説くらい)を
1回として、返信されてきた物語のつづきを
書き継いでゆくのは楽しい未知の経験だった。
2,3日おきに書いていた記憶があるから
けっこうな分量になったと思う。
2ヶ月が過ぎるころ僕のほうから更新を
やめてしまったが、理由はいろいろ。
月彦君とアロエちゃんは、地底の国に仲間を
置き去りにしたまんま助けに戻らないでいる。
困ったものである。


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かにすきと味噌おでん

kanisuki.jpg misooden.jpg

お昼はかにすき、夜は味噌おでん。
33歳の誕生日は豪華な食事で彩られ、
昨日はそれぞれにごちそうさまでした。
昼の部では「教育について」、
夜の部では「80年代について」が熱く語られ、
とくに味噌おでんを食べながら聞いた
「曲をカヴァーする際の苦労」は面白く
共感したのだけど、それは明日に回して
今日はあるニュースについて。

◇  ◇  ◇  ◇

夕方に知った
「宿泊拒否のホテル廃業へ」のニュース。
ハンセン病元患者を宿泊拒否したことに
最大限の謝罪を示すため、
ホテルの経営側がくだした決断らしい。
「らしい」と書いたのは、こんな結末がはたして
謝罪になるだろうかと思うからだが、
冷静に考えるために一連の出来事を整理する。

熊本県が、ハンセン病元患者の社会復帰支援に
実施する「ふるさと訪問事業」のため、
ホテルに宿泊を予約した。
ホテルはいったん予約を受けたが、その後の
やり取りで宿泊予定者が元患者だと分ると
受け入れを拒否した。
感染の恐れはないことを説明する県に対して、
「他の客に迷惑がかかる」というホテルの姿勢は
変らなかった。
そして昨年11月これら一連が報道される。

当初ホテルは「当然の判断」とコメントしたが、
翌日には「自分たちの認識不足があった」と謝る。
謝罪に加えて、しかし
「県の説明不足」と「国の啓発不足」を挙げたため、
謝罪しているのか、あくまで
責任の一部は自分たち以外にもあると主張するのか
よく分らない対応で、伝えられた事後の展開は
差別事件の典型を思わせた。

そのホテルが最終的に廃業の決断をしたという。

これらに怒りと憤りを表明するのは容易い。
誰が考えてもホテルがよくないと判るからだ。
でも実際にはホテルの側も自分たちが正しいとは
誰一人考えていないだろう(個人レベルにおいては)。
しかし彼らは彼らの置かれた立場によって、
どうしようもなく一度は
そのように振舞わざるを得なかったわけで、
その彼らが置かれた立場は何ら特別なものでない。
事件の経過を追って説明する画面を目にしながら
そう考えた。

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夢と青春のときわ荘

tokiwasou.jpg

大学後半の2年間を面白おかしく、
ときには真面目に過ごしたのがときわ荘である。
ここにはいろんな面々が集った。

ときわ荘といえば誰しも
手塚治虫さんや藤子不二雄さんら漫画家が
住んだ伝説のアパートを思い浮かべるだろう。
漫画家をめざした若者たちが上京し,
ときわ荘で共同生活をしながら切磋琢磨して
それぞれの道を進んでいった様子は
「まんが道」という藤子作品に表現されているが、
この雰囲気はわれらがときわ荘にも
時空を超えて、受けつがれていたように思う。

江戸橋駅にほど近く建つときわ荘は
新婚夫婦が住むのを想定した間取りであったろう、
広めのゆったりした6畳と4畳半の2DKで、
特筆すべきは押入れがかなり広かった。
押入れに何もかも突っこんでおけば
それなりに部屋の中は片付いて見えたから、
ものを処分する習慣がいっこうにつかず
あとで苦労することになるが、それはまた別の話。

偶然もあったが、信用のおける知己を頼って
ときわ荘には見知った顔が移り住み、
夜ごとに友人知人が呼ばれ宴が催された。
僕が引っ越したきっかけは
○野さんが当時住んでいて、
部屋が空いたよと教えてもらったことによるが、
その同じ部屋には僕の転出後、
院に進んだ「諭吉くんの飼い主」が越してきた。
(もちろん当時は猫も何も飼っていなかった)。
最盛期で全8室の半分に同じ学部の4人が住み、
出入りした多くの面々とは今も親交がつづく。

こんなことがあった。
僕は101号室だったが、ある晩押入れの襖が
ゴトゴト鳴り出した。国道23号線が近いので
トラックの振動かなとはじめは思ったけれど、
おかしい。いつもはそんなことないのである。
やがてひとつの可能性に思い至った。
外に出てすぐ上の201号室を見上げてみると
電気は消えていて、人の気配はあるようでない。
よほどノックしてみようかとドアの前まで
行ったのだけど、もしちがったら気まずいので
寒空の下佇んだのち自分の部屋にもどると、
すぐにダダダダダと足音がし、
風呂のボイラーを切りに行く様子が窺えて
ほっと胸を撫で下ろした。
酔って帰宅後、風呂に入ろうとして
沸かしっ放しで寝てしまったのだろう。
空焚き状態になったボイラーの異様な振動が
階下の押入れにまで響いてきていたのだ。
こうしたことは2,3回あり、後任の友人には
その旨ちゃんと引継ぎをしておいた。

僕自身がときわ荘で生命の危機に瀕した
カチカチ山事件や、あるいは、
教育実習を翌週に控えた○野さんに
窓付けエアコンが襲いかかったりした事件も
あるけれど、また別の機会があったら掲載します。

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