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ゴーギャン展を見に行く

仕事の山を越えた。
昨年から続く一連のシビアなイベントのうちの今年最初のものが終わった。
もうこんなのは嫌だと毎回思うが、反面どこまでも落ち着いた自分も居て、その存在を感じ取れているあいだは何とかやってゆけるんじゃないだろうかと思うことにしている。

心がすさんでくると、実用的でないものに触れたくなる。H氏の場合の実用的でないもの、それは芸術であると言うことには多少の気恥ずかしさが伴うけれど事実だ。現実の底に触れてしまって、底の浅さに愕然として自分自身が摩耗してしまう時、まったく別ベクトルの、人間が作り出す現実以上の本物を見たくなり聴きたくなり触れたくなり、傷口へ軟膏のように擦り込みたくなる。
その時間が十分に取れない時において救いとなるのはこれまでの蓄積である。これ以上はないという場面に遭遇しても、大げさにいえばドストエフスキーが描くところの人間劇に比べればまだしもと考えられる自分を見つけて、まだ大丈夫だと思った。

山を越えている最中に『1Q84』が出た。山を越えてから読もうかと思ったが、けちくさい考えは捨ててむさぼるように読んだ。
山を越えてからは、『ちはやふる』を読んだ。評判は聞いており書店で探していたのだがタイトルが覚えられなくて、『あさきゆめみし』と間違えていたのでなかなか見つけられなかった。
書店のレジ横に、名古屋ボストン美術館のゴーギャン展の割引券が置いてあった。週末までの開催と知り、木曜に休みを取って出かけてきた。

池澤夏樹が個人で選ぶ世界文学全集においてバルガス・リョサの『楽園への道』が刊行されている。本書はゴーギャンの祖母の章とゴーギャンの章が交互に置かれた小説である。これまでH氏の中でゴーギャンはゴッホの添え物だったが、小説を読み終えて初めてゴーギャンという人そのものの輪郭が明瞭になった。
畢竟の大作である『我々はどこから来たのか、我々は何者なのか、我々はどこへ行くのか』は展示室のもっともよい場所に据えられており、辺りまるごと違う空気と時間が流れているようだった。
絵と向かい合ったH氏は、絵という窓を通してこの世ならぬ景色を目の当たりにし、ゴーギャンがその時想像したものを見いだそうと試みた。
その鑑賞には時間を掛けたのであるが、何かを見るときの態度に似ていると思った。帰りのドライブ中に、それが仏像に対峙するときの気持ちとそっくりであったことに気づいた。印刷物には、その向こう側を見ようと感じさせる力まではなく、本物を見るということはたぶんそういうことなのだろう。

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Comments

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Las causas psicológicas de la disfunción eréctil no siempre están relacionadas con el sexo en sí. El desánimo, la tristeza, la pérdida de la autoestima, la fatiga general, los hábitos de sueño alterados son signos bien conocidos de depresión.

Posted by: comprar cialis generico | 2019.06.21 06:29 AM

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